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長谷川敬「旅情の文学碑」作家や名作への愛情が漂うモノクロ写真紀行集

長谷川敬「旅情の文学碑」あらすじと感想と考察

長谷川敬「旅情の文学碑」読了。

本書は、1991年(平成3年)に刊行された文学碑の写真紀行集である。

全国にある文学碑を訪ねる紀行文集

文学碑を訪ねて全国を旅してみたい。

そんなことを考えているときに、本書『旅情の文学碑』を見つけた。

本書は、全国にある文学碑を訪ねる紀行文集であり、文学碑の写真をモノクロームで収録した写真集でもある。

文学旅行は考えていたけれど、文学碑の写真集という発想はなかった。

全部で57(表紙を含めると58)の文学碑が紹介されているが、多分に、そのチョイスは渋い。

自分の地元・北海道を見ると、帯広市内の久保栄と中城ふみ子、池田町の吉屋信子しかない。

札幌・大通公園にある石川啄木や有島武郎の文学碑のように、観光名所になっているような文学碑が収録されていないのだ。

有島や啄木は、他の地域にあるものを紹介しているから、全体バランスを考慮した結果かもしれないが、それにしても渋い。

田名部の鳴海要吉とか、気仙沼の辻潤とか、磯部温泉の大手拓次とか、名古屋の野口米次郎とか、マニアックな名前も少なくない。

著者が詩人だったためだろうが、立原道造や薄田泣菫、吉田一穂など、詩人に関する文学碑も多い。

一言で言えば、ありきたりでない文学ガイドとして楽しめる内容になっていて良かった。

どの旅行にも文学碑があり、作家や文学作品への高い関心がある

千葉県成田市・成田山の新勝寺にあるのは、中山義秀の文学碑である。

本道の石段をのぼると、広場には山車が勢揃いしており、見物客がつめかけている。外人観光客の姿が目立つ。右手にまわりこみ背後の成田公園に急いだ。碑が随所に建立されておるり、歩き巡るが、目的の中山義秀碑は容易に探しあてることができない。(中山義秀『野の花』)

本書は、基本的に紀行文集である。

作家や作品の簡単な説明に、旅行時の感想がセットになっている。

文学碑というのは、案外分かりにくい場所に建立されているから、意外と余計な時間を食うことも多い。

本書では、そんな旅の焦りまでが再現されている(そこがいい)。

長野県下諏訪町にある今井邦子の文学碑。

花見新道から桜と歌碑の名所・水月公園にむかう途中、石垣の上に今井邦子碑がある。『真木ふかき谷よりいづる山水の 常あたらしきいのちあらしめ』諏訪湖を眼下にする場所だ。(今井邦子『下諏訪』)

普通の観光旅行では、訪れる機会も少ないような地域にも、文学碑は散在している。

それが、文学碑巡りのひとつの楽しみのような気もする。

文学碑探訪の旅行記は、著者の個人的な回想が加わることで深みを出している。

食糧もなく飢える日々のなか、開墾し、畑をつくる、いわゆる浮浪児との生活。当時とは比較できぬ明るい駅前にとまどいながら、商店街を五、六分歩き、右折する路地を見いだすと、駅背後に迫る山へむけて急坂をのぼった。すると、どこから通じているのか車道に出た。右にむけてすすむと、そこは火葬場だった。(山本周五郎『山彦海彦』)

山梨県韮崎市の観音山公園で訪ねたのは、山本周五郎の文学碑である。

著者は19歳のとき、瑞牆山の下にある戦災孤児施設で働いた経験があったらしい。

森田草平『輪廻』の文学碑を訪ねたのは、岐阜県鷺山村である。

小雨降るなかで撮影し、碑の裏手に回る。昭和三十六年十二月十四日建立とある。先程から溶接するバーナーの音がしきりに聞こえ、その小屋へ歩み寄り森田草平の生家を問うと、資料館のようなものがあると告げられた。周辺を巡ってみるが、それらしいものは見当たらない。庭園背後の木造二階建てが資料館であろうか。(森田草平『輪廻』)

どの旅行にも文学碑があり、作家や文学作品への高い関心がある。

本書を参考にして、今年は文学碑巡りの旅にでも出かけてみようか。

書名:旅情の文学碑
著者:長谷川敬
発行:1991/12/10
出版社:毎日新聞社

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。