夏目漱石『虞美人草』あらすじと考察|なぜ藤尾は死んだのか?
夏目漱石『虞美人草』は、青春を生きる男女の葛藤を描いた長編小説である。
藤尾の結末については「自業自得だ」という厳しい評価がある一方で、「死ぬほどのことなのか?」との違和感を覚える読者も少なくない。
この記事では、本作『虞美人草(ぐびじんそう)』のあらすじを整理するとともに、「なぜ藤尾は死んだのか」という結末の意味について考察していきたい。
3行でわかる『虞美人草』
発端(美貌の妖婦と青年たちの交錯)
才気煥発でプライドの高い美女・藤尾を中心に、哲学者肌の甲野、野心的な宗近、出世を望む小野らの思惑が複雑に交錯する。
事件(金時計の誘惑と破断)
藤尾は婚約者の宗近を軽んじて小野を誘惑し翻弄するが、宗近の諫言と道義的決断によって小野は元の婚約者のもとへと踏みとどまる。
結末(エゴの崩壊と悲劇的な急死)
自尊心を砕かれ思惑のすべてが瓦解した藤尾は、激しいショックと絶望の中で急死し、残された男たちは生と道義の重みを胸に刻む。
『虞美人草』簡単なあらすじ(ネタバレ要約)
東京帝国大学を卒業したエリート青年・甲野欽吾は、世俗の栄達に冷淡な思索肌の男である。一方、彼の義理の妹である藤尾は、類まれな美貌と知性、そして強い自我を持つ近代女性だった。藤尾には外交官志望の実直な男・宗近一が婚約者として定められていたが、彼女は宗近の愚直さを嫌い、秀才肌で出世欲の強い学者・小野清三に強く惹かれ、彼を手玉に取ろうと画策する。
小野には故郷で恩師の娘・小夜子という許婚がいたが、藤尾の魅力と虚栄心に眩惑され、恩義を捨てて藤尾の贈った金時計に象徴される富と愛欲へ傾斜していく。しかし、小野の背徳を見抜いた宗近の気骨ある説得と叱責を受け、小野は己の浅ましさを恥じて小夜子との義理を果たす決意を固める。
自らの意のままに動くはずだった小野に拒絶され、プライドと欲望のすべてを否定された藤尾は、激しい屈辱と絶望の中で突然の発作を起こして急死する。エゴイズムに溺れた美女の悲劇的な幕切れを前に、残された青年たちはそれぞれの生き方と道義の意味を胸に刻み、歩み出すのだった。
『虞美人草』登場人物一覧表
本作『虞美人草』では、若者たちの複雑な三角関係が、物語の主要なテーマとなっている。
まずは、それぞれの登場人物を分かりやすく整理しておこう。
男性陣を青色、女性陣を赤色で示している。
| 登場人物 | 主な役割等 |
| 甲野欽吾 | 藤尾の異母兄。哲学者。宗近の妹(糸)から愛されている。 |
| 甲野藤尾 | 欽吾の異母妹。宗近と小野の二人から求婚されている。 |
| 甲野(母親) | 藤尾の実母。夫の遺産を独り占めして、小野を藤尾の婿養子として迎えることを画策している。 |
| 宗近一 | 外交官。父親同士の間で、藤尾と結婚の約束があった。 |
| 宗近糸 | 宗近一の妹。甲野欽吾に思いを寄せている。 |
| 小野清三 | 文学者。井上小夜子と結婚の約束をしているが、財産家の娘である甲野藤尾に思いを寄せている。 |
| 井上孤堂 | 小野清三の恩師。貧しかった時代の小野清三の面倒を見た恩人でもある。 |
| 井上小夜子 | 井上孤堂の娘。小野清三と結婚の約束をしていた。 |
考察1|登場人物に与えられた役割の意味を読み解く
本作『虞美人草』では、それぞれに個性の異なる6人の若者たちが、それぞれの役割を果たすべく構成されている。
① 小野清三が揺れた「出世欲」と「過去のしがらみ(小夜子)」
この物語の主人公は、三角関係の中心にいる小野清三である。
貧しかった時代、井上孤堂の世話になった小野は、孤堂の娘・小夜子と結婚の約束をする。
しかし、東京で活躍し始めた彼は、将来を確かなものとするために、外交官の娘・藤尾との結婚を夢見るようになった。
小夜子は過去の女である。小夜子の抱けるは過去の夢である。(夏目漱石「虞美人草」)
本作『虞美人草』では、貧しい恩人の娘と、財産家で美貌の女性との板挟みになった青年・小野の選択が、重要なテーマとして描かれている。
② 早すぎたモダンガール甲野藤尾は近代社会の象徴だった
小野の憧れる藤尾は、この物語のヒロインである。
きらびやかで傲慢な藤尾は、近代社会を象徴する女性として描かれている。
藤尾は男を弄ぶ。一毫も男から弄ばるる事を許さぬ。藤尾は愛の女王である。(夏目漱石「虞美人草」)
愛の女王である藤尾は、恋愛関係の中で、常にマウントを獲り続けていた。
それは、日本の伝統的な文化を圧倒する、欧米によってもたらされた近代社会と酷似していたかもしれない。
藤尾は近代社会の象徴でもあったのだ。
③ 作中唯一の救い?宗近一の魅力と言葉が持つ役割
未来の外交官・宗近は、日本と欧米との懸け橋であり、過去と未来とを結ぶ調整役でもある。
外交官の妻として藤尾を考えているが、藤尾の邪な考えに嫌気が差した彼は、藤尾との結婚をあっさりと白紙にしてしまう。
切り替えの早さは、まさに現代的な外交官に求められる政治力でもあったかもしれない。
宗近一は、この物語の中で最も魅力的な男性として描かれていた。
④ 甲野欽吾のひねくれた心理と冷笑的な態度の裏にある孤独
哲学者である甲野欽吾は、近代化に直面しながら苦悩している現代社会のような若者だ。
異母妹(藤尾)のようなきらびやかさも、親友(宗近一)のような政治力も持たない彼は、常に自分の世界の中だけで生きようとしていた。
「藤尾、この家と、私が父さんから受け襲いだ財産はみんなお前にやるよ」(夏目漱石「虞美人草」)
世間との交際を拒絶する彼は、実父の遺した遺産にも、遺された家族(母と妹)にも、興味を示そうとはしなかった。
⑤ 近代ニッポンの良心として生きる宗近糸
外交官の卵・宗近一の妹(宗近糸)は、近代化の波を浴びた日本の中でも、自分を見失うことのない強い女性である。
変人扱いされている甲野欽吾を誰よりも信じていたのも、やはり、宗近糸だった。
「糸公、今日は例に似ず大いに断々乎(だんだんこ)としているね」「だって欽吾さんは、ああいうかたなんですもの。それを皆が病気にするのは、皆のほうが間違っているんです」(夏目漱石「虞美人草」)
藤尾と糸は、女性としての生き方を語る上でライバル同士だった。
⑥ 井上小夜子は過ぎ去ったニッポンの亡霊だったのか?
恋愛関係の上で藤尾とライバルだった女性が、京都から上京してきた過去の女(井上小夜子)である。
文学者・小野は、過去の女(小夜子)と未来の女(藤尾)との間で、苦しい選択を迫られることになった。
小夜子を捨てるためではない、孤堂先生の世話が出来るために、早く藤尾と結婚してしまわなければならぬ。(夏目漱石「虞美人草」)
近代社会の申し子となった小野にとって、小夜子は過去の亡霊に過ぎなかった。
考察2|なぜ藤尾は死ななければならなかったのか?
この物語最大の謎は、ヒロイン藤尾の突然すぎる「死」である。
ゴージャスなヒロイン藤尾は、なぜ死ななければならなかったのだろうか?
① 作者(夏目漱石)の意図
作者(夏目漱石)は、そもそも藤尾を「葬り去るべきヒロイン」として仕立て上げている。
「藤尾が一人出ると昨夕のような女を五人殺します」(夏目漱石「虞美人草」)
異母兄(甲野欽吾)の言葉は、そのまま作者自身の言葉でもあったことだろう。
小宮豊隆宛ての手紙の中で、漱石は「藤尾」について触れている。
藤尾という女にそんな同情をもってはいけない。あれはいやな女だ、(略)あいつはしまいに殺すのが一編の主意である。(夏目漱石「小宮豊隆あて書簡(明治40年7月19日)」)
つまり、それほどまでに作者(夏目漱石)は、ヒロインである甲野藤尾を恐れていたのだ。
② 急速な近代化に対する恐怖
作者(夏目漱石)が恐れていたものは、急速に近代化していく日本の将来だった。
明治維新から続く文明開化の中で、明治ニッポンは急速に近代化しつつあった。
伝統的な日本を過去のものと割り切って、新しい時代を受け容れるには、日本はまだ若すぎたのかもしれない。
新しい時代の女・藤尾に振り回される若者たちは、そのまま、現代社会を生きる人々の姿でもあったのだろう。
③ 『虞美人草』の甲野藤尾から『三四郎』の里見美禰子へ
早すぎたモダンガールとして、藤尾は近代ニッポンから抹殺されてしまう。
生きる時代を間違えていたとしか言えない。
「藤尾のような女は今の世に有りすぎて困るんですよ。気をつけないと危ない」(夏目漱石「虞美人草」)
新しい時代を切り拓くのは、間違いなく藤尾のような「新しい女たち」だった。
時代の過渡期という曖昧な社会の中で、彼女たちは生きづらさを抱えながら生きていたのだろう。
『虞美人草』の翌年、夏目漱石は『三四郎』で里見美禰子という、新しい時代のヒロインを登場させている。
甲野藤尾と異なり、里見美禰子は新しい時代を生きていくヒロインだった。
※夏目漱石『三四郎』のヒロイン「里見美禰子」に興味のある方は、別記事「夏目漱石『三四郎』あらすじ・登場人物を解説|モデルとなった人物とは?」も、併せてご覧ください。
④ 甲野藤尾の死因「憤死」とは何か?
従順なしもべであるべき小野に裏切られ、頼りの宗近からも袖にされて、誇り高き藤尾の怒りはマックスに達する。
「藤尾さん、これが小野さんの妻君だ」藤尾の表情は忽然として憎悪となった。憎悪は次第に嫉妬となった。(夏目漱石「虞美人草」)
藤尾との結婚を意味する金時計を宗近が拒絶したときが、藤尾の生命の限界だった。
白い手は腕をあらわに、すらりと延びた。時計は赭黒い宗近君の掌にしっかと落ちた。宗近君は一歩を煖炉に近く大股に開いた。やっという掛け声と共に赭黒い拳が空に躍る。時計は大理石の角で砕けた。(夏目漱石「虞美人草」)
藤尾の象徴である金時計の破壊は、そのまま、彼女自身の死をも意味していた。
怒りと怨みの中で憤死していった藤尾は、早すぎるヒロインだったのかもしれない。
考察3|『虞美人草』はなぜ読みにくいのか?現代語訳のポイント
本作『虞美人草』は、「読みにくい」という感想が付きまとう小説だ。
「読みにくさ」の理由は、絢爛豪華な文体にある。
そもそも、本作『虞美人草』は、非常に装飾の多い小説として知られている作品だ。
漢語交りの絢爛豪華な文体に「付き合いきれない」と思った読者も、決して少なくないだろう。
①「装飾(ディテール)」は映画の背景美術!割り切ってスキップする
はっきり言って、難しい漢語や装飾を完璧に理解する必要はない。
きらびやかな装飾は、小説のヴィジュアルを豪華にしているものなので、その雰囲気さえ把握できれば、話の筋に大きな影響を与えることはない。
ゴージャスな文章は「明治の超豪華な映画のセット」と同じようなものだと割り切って読み進めていくことも、ひとつの選択肢である。
②「甲野欽吾のセリフ」はSNSのつぶやきに脳内変換する
ニヒリストな哲学者・甲野欽吾の言葉には難解なものが多い。
難しい言葉を多用しながら、彼が語っているものは、多くの場合「愚痴」だ。
ポエティカルな愚痴を撒き散らすインテリ青年と言えば、イメージがつかめるかもしれない。
「ぶっちゃけ生きてるのもしんどいし、社会のシステムに組み込まれて出世競争するのとか、マジでバカバカしくない?」とつぶやく彼は、明治時代の「こじらせ青年」である。
彼の言葉をSNSのつぶやきとして脳内変換することで、意外な共感が生まれてくるのではないだろうか。
③ 言葉の裏にある「エゴ(自己中心)」と「道徳(思いやり)」の対立に注目する
登場人物たちの会話は、一見すると上品な世間話や、インテリ同士の格調高い議論に見えるが、その実態は、強烈な「マウンティング」と「心理戦」である。
「この発言は、自分のエゴを通そうとしているのか(藤尾・小野)、それとも他者への思いやりから来ているのか(宗近・糸子・小夜子)」という二項対立の視点から読み進めると、複雑な物語も単純化することができる。
例えば、藤尾が小野を誘惑する華麗なセリフの数々は、「あなたは私という最高級のブランドを手に入れたいの? それとも田舎の古臭い約束に縛られて一生を終えるの?」という、強烈なプライドの押し付け(エゴ)にすぎない。
こうした対立の構図を把握することで、物語のサスペンスが一層盛り上がっていくのではないだろうか。
考察4|絢爛豪華な文体の意図とタイトル『虞美人草』の意味
それにしても、作者(夏目漱石)は、なぜこのように読みにくい小説を書いたのだろうか。
それは、この小説が持つテーマとも密接に関わってくる。
① 装飾の多い文章は近代ニッポンの象徴だった
作者(夏目漱石)がこの作品で試みていることは、「外見ばかりを美しく飾り立て、中身(道徳や本質)が伴っていない明治の急速な近代化」を批判することだった。
中身が空っぽなのに外見だけがギラギラしている『虞美人草』の絢爛な文体そのものが、ある意味において、ヒロイン・藤尾の虚飾に満ちた生き方のメタファー(比喩)になっている。
早すぎるニッポンの近代化を際立たせる意味で、ゴージャスな文章は過剰な装飾としての役割をも果たしていたのだろう。
② 作品タイトル「虞美人草」の意味
角川文庫版『虞美人草』は解説が充実している。
より深く作品を理解したい人は、解説の充実している文庫本を選ぶとコスパが高い。
その中で「虞美人草」というタイトルについての解説もあった。
虞美人草とは雛罌粟(ひなげし)の漢字名。四面楚歌となった項羽は、虞美人と最後の杯を掲げ、辞世の詩を詠じ敵陣に散った。後の言い伝えとして、自ら命を絶った虞美人の血が虞美人草になったとする伝説や、虞美人曲を歌うと茎や葉を動かすので虞美人草だという物語がある。(「『虞美人草』新版解説」小森陽一)
虞美人草には、そもそも「死」のイメージが伴っていた。
③ 作者(夏目漱石)が語った『虞美人草』の由来
『東京朝日新聞』に掲載された「『虞美人草』予告」に、新連載小説「虞美人草」の由来が紹介されている。
昨夜豊隆と森川町を散歩して草花を二はち買った。植木屋に何という花かと聞いてみたら虞美人草だという。おりから小説の題に窮して、予告の時期におくれるのを気の毒に思っていたので、いいかげんながら、つい花の名を拝借して巻頭に冠らすことにした。(夏目漱石「虞美人草」予告)
「艶とはいえ、一種妖治な感じがある」という虞美人草は「藤尾」を象徴する花だったのだろうか。
あるいは、それは、藤尾を中心とする若者集団の、現代的な青春の象徴だったのかもしれない。
④ 明治時代の人たちにも難しかった『虞美人草』
夏目漱石初めての新聞連載小説ということで、『虞美人草』は連載前から大きな評判を呼んだ。
しかし、連載中の評判は決して好意的なものばかりではなかったらしい。
虞美人草については世評はきかず。みんながむずかしいという。すべてわからんものどもはだまっていればよいと思う。それが普通の人間である。(夏目漱石「小宮豊隆あて書簡(明治40年8月3日)」)
あるいは、それが近代化されつつあった日本の難しさでもあったのかもしれない。
考察5|現代文学への影響
明治文学である『虞美人草』は、現代文学にも影響を与えている。
① 村上春樹と『虞美人草』
村上春樹『海辺のカフカ』に、夏目漱石の『虞美人草』が登場している。
「ここに来てからどんなものを読んだの?」「今は『虞美人草』、その前は『坑夫』です」(村上春樹「海辺のカフカ」)
外国文学の影響が強い村上春樹にとっても、夏目漱石は特別に意識すべき小説家だった。
漱石の作品を引用するにしても、あえて『虞美人草』というところに、どのような意味が込められていたのだろうか(もっとも『海辺のカフカ』では、『坑夫』の方が重要なメッセージとなっているが)。
1989年(平成元年)『デイズ・ジャパン』のインタビューでは、「『虞美人草』がいちばん好きだ」という発言も見られる。
『虞美人草』が好きですね。ひどい小説だけど(笑)。どうしようもない小説だけれど、僕はいちばん感心したね。いちばん勉強になった。漱石という人の凄さがわかる小説ですね。(『DAYS JAPAN』1989年3月号)
村上春樹にとって『虞美人草』は、ひとつの影響を与えた小説だったのかもしれない。
※村上春樹『海辺のカフカ』については、別記事「村上春樹『海辺のカフカ』なぜこの難しい物語は僕たちを惹きつけるのか?」で詳しく解説しています。
② 庄野潤三と『虞美人草』
福原麟太郎『夏目漱石』には、庄野潤三との対談が収録されている。
【福原】庄野さんなんかオーステンのほうに近いんだな、それじゃ。
【庄野】オーステンのようにいま書きたいと思いますけれども、そのほうがやはり飽きがこないように思います。(略)朝日新聞に入社してからの『虞美人草』なんかになると、やはりオーステンに感心しているのと行き方は別で、人をあっと言わすような装飾で始めるというようなところがありますね。(福原麟太郎「夏目漱石」)
「朝日新聞に入社してから」とあるのは、1907年(明治40年)4月、漱石は教職(東京帝国大学と第一高等学校)を辞めて朝日新聞に入社したことを指しており、本作『虞美人草』が、朝日新聞入社後の最初の作品だった。
『虞美人草』は、やはり「人をあっと言わすような装飾」が注目される作品だったのだ。
夏目漱石初めての新聞小説に対する世間の前評判は高く、三越呉服店の「虞美人草浴衣地」は、大変な売れ行きで、当時の虞美人草ブームを象徴するものとなったらしい。
まとめ│生き続けている「藤尾」という名の女たち
『虞美人草』について、作者・夏目漱石は「恋愛事件(ラブ・アッフェアーズ)」そのものを描いたものではないと言っている。
つまりあれはね、ラブというものを唯一のインテレストとして貫いたものじゃないから、恋愛事件の発展として見るとなかなか不安定です。それならどこが完全かといわれるとますます弱るわけだが、つまり二つか三つかのインテレストの関係が互いに消長して、それがしまいには一所に出会って爆発するというところを書いたのです。(夏目漱石「小宮豊隆あて書簡(明治40年8月3日)」)
自己中心的なプライドや資産への固執、そして、急ぎ過ぎた現代性など、藤尾の死には、移り変わる時代への警告的なメッセージがある。
そして、世の中が発展し続ける限り、『虞美人草』に終わりはない。
「藤尾」は姿や名前を変えて、いつの時代にも生き続けていくからだ。
『虞美人草』を読み終えた少年カフカは、明治時代の青春小説から、いったい何を学んだのだろうか。
***
文学ブログ『時空標本』では、夏目漱石の紹介に力を入れています。
詳細はまとめ記事「夏目漱石の代表作おすすめランキング10選!初心者向けの読む順番や魅力を徹底解説」をご覧ください。
書名:虞美人草
著者:夏目漱石
発行:2017/06/25
出版社:角川文庫

