映画『ライ麦畑で出会ったら』鑑賞。
本作『ライ麦畑で出会ったら』は、2015年(平成27年)に公開されたアメリカ映画である。
原題は「Coming Through the Rye」。
コーニッシュ村のサリンジャー邸
長編小説『ライ麦畑でつかまえて(キャッチャー・イン・ザ・ライ)』でブレイクした後、サリンジャーはニューヨークを離れた。
都会の喧騒から遠い静かな場所で、執筆に専念したいと考えていたのだ。
1953年2月16日、J・D・サリンジャーはニューハンプシャー州コーニッシュにある90エーカー、11万坪の丘陵地の正式な所有者となった。(ケネス・スラウェンスキー「サリンジャー 生涯91年の真実」田中啓史・訳)
コーニッシュは、サリンジャーにとって理想の場所だったらしい。
コーニッシュの村はニューヨーク市から380キロの距離だが、サリンジャーには別世界ほど遠く離れて感じられた。木が生い茂ったなだらかな丘陵地帯にあって、この田舎の村は静寂そのものだった。(ケネス・スラウェンスキー「サリンジャー 生涯91年の真実」田中啓史・訳)
確かに、その小さな村は、目立たない生活を理想とするサリンジャーにぴったりだった。
なにしろ、村そのものが目立つことのない、小さな村だったのだ。
その土地は森の奥深く、丘を登る長い道の果てにあった。丘を登りきったところに、森が切りひらかれて、小さな赤い小屋のような建物が姿を現した、ラッセルはそれを「家」と言っていたが。(ケネス・スラウェンスキー「サリンジャー 生涯91年の真実」田中啓史・訳)
時に、サリンジャーの人生は作品を模倣している、と言われる。
都会から離れた孤独な暮らしは、『ライ麦畑でつかまえて』の主人公(ホールデン・コールフィールド)の理想でもあった。
「で、どういうことかというとさ、僕らはその車で明日の朝、マサチューセッツとかバーモントとか、そういうあたりに行くのさ。あのへんは断然きれいなんだよ。じっさいの話」僕はすごく興奮していた。(略)「そしてお金が尽きるまで、キャンプ場のキャビンみたいなところで暮らすんだ。お金がなくなったら、そのへんでなにか仕事を見つけて、小川が流れたりしているような土地に二人で住み、そのあとで結婚とかすりゃいいんだよ」(J・D・サリンジャー「キャッチャー・イン・ザ・ライ」村上春樹・訳)
ホールデン・コールフィールドが望んだものを、サリンジャーは手に入れた。
森のすぐわきに小屋を建てよう。森の中に建てるんじゃないよ。なぜかっていうとその家はいつもぎんぎんに日が当たってなくちゃならないからなんだ。(J・D・サリンジャー「キャッチャー・イン・ザ・ライ」村上春樹・訳)
コーニッシュでの隠遁生活は、サリンジャーが亡くなる2010年(平成22年)まで、60年間近く続いた(つまり「生涯」だ)。
本作『ライ麦畑で出会ったら』は、コーニッシュで隠遁生活しているサリンジャーの自宅を探す、高校生カップルの物語である。
彼らは、なぜサリンジャーに会わなければならなかったのか?
それは、彼らが「ホールデン・コールフィールド」になるためである。
1951年(昭和26年)に『ライ麦畑でつかまえて』が発表された後、多くの若者たちが、この小説に影響を受けて、自分探しの旅に出た。
16歳の主人公(ジェイミー)もまた、小説に影響を受けた一人のホールデン・コールフィールドとして、サリンジャーに会わなければならなかったのだ。
1969年(昭和44年)のアメリカ・ペンシルベニア州。
主人公(ジェイミー)は、全寮制の名門男子高校(クランプトン高校)で冴えない高校生活を送っていた。
物語は、村上春樹が『ノルウェイの森』で書いた、あの「1969年(昭和44年)」が舞台となっている。
レイコさんは目の端のしわを深めてしばらく僕の顔を眺めた。「あなたって何かこう不思議なしゃべり方するわねえ」と彼女は言った。「あの『ライ麦畑』の男の子の真似してるわけじゃないわよね」(村上春樹「ノルウェイの森」)
『ライ麦畑』は既に、日本でも当たり前に通用するアイコンだったらしい。
ユダヤ系で、女性みたいな名前(ジェイミー)で、演劇の好きな文化系男子(ジェイミー)は、体育会系フットボール部の連中に比べると、ひ弱な存在だった(陽キャと陰キャ)。
ある日、彼は大好きな『ライ麦畑でつかまえて』を舞台化しようと思いつく。
出版以来、『ライ麦畑でつかまえて』が舞台化されたり映画化されたりしたことは、一度もなかった(少なくともオフィシャルには)。
日本で初めて翻訳出版された『ライ麦畑』のタイトルは『危険な年齢』(1952)だったが、その「あとがき」で、訳者(橋本福夫)は次のように述べている。
アメリカでもこの書は次第に批評家に認められ、ベストセラーのうちにも入った。そして今は、映画嫌いなホールデン・コールフィールドには皮肉な話だが、映画化されるそうである。(橋本福夫「危険な年齢」あとがき)
若者に大人気のこの小説を映画化したいと考える関係者は、もちろん少なくなかった。
しかし、作者(サリンジャー)は『ライ麦畑でつかまえて』の映画化(や演劇化)には、厳然として反対している。
ウォルドが「笑い男」の映画化を断ったことで、サリンジャーのハリウッド進出の気持ちは完全に消えた。それ以後二度と、映画のプロデューサーや舞台の演出家に、自作を売りこもうとはしなかった。それからは、終始一貫護りとおした『キャッチャー・イン・ザ・ライ』とおなじように、どんな作品も油断なく護るようになった。(ケネス・スラウェンスキー「サリンジャー 生涯91年の真実」田中啓史・訳)
サリンジャーが恐れていたのは、他人の解釈によって『ライ麦畑』が別の作品へと姿を変えてしまうことだった(「フィービーもホールデンも永遠に若いままさ」)。
「演劇も映画も批評家も嫌いなんだ。こうしてバカにし距離を置けば『ライ麦畑』は誰にも渡らない。ホールデンもフィービーも姿を変えない」(ジェームズ・サドウィズ「ライ麦畑で出会ったら」)
サリンジャーが死んで15年経った今も、『ライ麦畑でつかまえて』の映画化は実現していない。
そのため、多くの映画監督は、自作の中で『ライ麦畑でつかまえて』の世界観を再現しようと努力した。
『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』(2017)や『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』(2020)も、根底にあるのは『ライ麦畑でつかまえて』という世界観への挑戦である。
彼らは、それぞれに「ホールデン・コールフィールド」を映像化し、サリンジャーのメッセージを届けようとしていたのだ。
本作『ライ麦畑で出会ったら』(2015)が伝えようとしているものも、やはり『ライ麦畑でつかまえて』の主人公(ホールデン・コールフィールド)である。
ホールデン・コールフィールドとは、いったい何者だったのだろうか?
そして、我々は『ライ麦畑でつかまえて』という物語に、なぜ、こんなにも共鳴してしまうのだろうか?
映画の主人公(ジェイミー)は、サリンジャーとの出会いを通して、その意味を自分なりに発見していくことになる。
ホールデン・コールフィールドはサリンジャーだった
2010年(平成22年)にサリンジャーが他界した後、サリンジャー関係の映画が続けて制作された。
サリンジャー関係の映画リスト
・『ライ麦畑で出会ったら』(2015)
・『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』(2017)
・『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』(2020)
本作『ライ麦畑で出会ったら』は、ジェームズ・サドウィズ監督の自伝的作品である。
友人や親族に長年「あなたのサリンジャーの話をいつ映画にするの?」と聞かれ続けてきた。けれど私はずっと、映画にするほど大層な話とは思えなかった。(「ジェームズ・サドウィズ監督への10の質問」/『ライ麦畑で出会ったら』公式パンフレットより)
「映画内でサリンジャーに会いに行くまでは85%、それ以降は99%が実体験」と、ジェームズ・サドウィズ監督は語っている。
アレックス・ウルフ演じる主人公(ジェイミー)は、つまり、若き日のジェームズ・サドウィズ監督の姿だったと考えていい。
『ライ麦畑でつかまえて』の脚本を書いたジェイミーは、演劇仲間のガールフレンド(ディーディー)と一緒にサリンジャーの家を探し訪ねる。
赤いハンティング帽子を被ったジェイミーは、まさしくホールデン・コールフィールドだが、彼が、恋人(サリー・ヘイズ)役として「巨乳のブロンド美女(モウリーン)」を選んだところは、いかにもホールデン的だった。
「彼女が好き? 頭は空っぽよ、分からない? でも、私にないものを持ってる。デカパイや染めた金髪」(ジェームズ・サドウィズ「ライ麦畑で出会ったら」)
『ライ麦畑』の愛読者でもあるガールフレンド(ディーディー)は、ホールデン・コールフィールド(つまりジェイミー)の考えていることなど、お見通しだったのだろう。
ジェイミーにとって、ディーディーは、やはりフィービー(ホールデンの妹)だった(だからセックスできない)。
そして、ステファニア・オーウェン演じるディーディーは、この映画の中で「ライ麦畑でつかまえる者」としての機能も果たしていることは注目に値する。
かつて、崖っぷちの兄(ジェリー)を救うことができなかったジェイミーは、親友(ハンク・マーカス)を救うために、彼の非行行為を学校へ密告した。
「 ”これは彼のためだ” と信じていた」「それで、彼は退学になったの?」「いや。僕とは話してくれなくなった」(ジェームズ・サドウィズ「ライ麦畑で出会ったら」)
彼は、ただ「ライ麦畑でつかまえる者」になりたかっただけなのだ。
しかし、ジェイミー自身が崖っぷちに立っていたとき、彼を支えてくれたのは、ガールフレンド(ディーディー)だった。
この青春映画は、人は誰もが崖っぷちに立っていて、誰かに守られながら生きているということを教えてくれる。
クリス・クーパー演じるサリンジャーは、この年(1969年)50歳。
1960年(昭和35年)に生まれた長男(マット・サリンジャー)は9歳で、主人公(ジェイミー)との会話の中にも登場している。
「息子を迎えに行くついでに駅まで送ろうか?」(ジェームズ・サドウィズ「ライ麦畑で出会ったら」)
この頃のサリンジャーの暮らしについては、実の長女(マーガレット・A・サリンジャー)が書いた『我が父サリンジャー』(2000)に詳しい。
父の家に近づくには、未舗装路を急角度で曲がって私道に入らなければならない。それが冬期なら、スピードをゆるめて曲がろうとすれば、急傾斜の私道をてっぺんまで登れない恐れがある。土の締まった未舗装路とは異なり、私道は砕いた石のかけらを敷きつめただけだったからだ。(マーガレット・A・サリンジャー「我が父サリンジャー」亀井よし子・訳)
私道の突き当りに、サリンジャーの自邸があった。
主人公(ジェイミー)は、テラスに立ったサリンジャーと、初めての会話を交わしている。
目障り、と書いたところでよみがえってくるのは、父の家のテラスだ。安っぽく、そのうえまずいつくりのテラスだった。(略)わたしの息子にはどんなことがあってもそこには立たせたくない、と思うようなテラスだった。(マーガレット・A・サリンジャー「我が父サリンジャー」亀井よし子・訳)
映画の中では、サリンジャー邸の内部までが再現されている。
リビングルームは現代の建築用語でいうところのカテドラル型天井で、高さは標準規格の八フィートを上回り、垂木は水平ではなく角度をつけて組まれている。壁面にうがたれた窓は、アスカトニー山とその向こうのニューヨーク州が望めるように並んでいる。(マーガレット・A・サリンジャー「我が父サリンジャー」亀井よし子・訳)
実の娘(マーガレット)は、父(サリンジャー)の住居を、決して気に入ってはいなかったらしい。
リビングルームのオリエンタル・ラグは、電気スタンドやテーブルのたぐいとともに、長い年月をかけて近くのオークションで買いあつめたそれなりの逸品ぞろいだったが、ふと目を上げれば、趣味のよいカントリー生活の雰囲気は壁の腰板あたりで突如消え失せるのだ。(マーガレット・A・サリンジャー「我が父サリンジャー」亀井よし子・訳)
主人公(ジェイミー)の兄の名前が「ジェリー」と設定されているのも暗示的である。
なぜなら、「ジェリー」は、サリンジャーの愛称でもあったからだ(本名はジェローム・デイヴィッド・サリンジャー)。
おそらく兄(ジェリー)は、ジェイミーにとっての『ライ麦畑』だったのだろう(つまりは、作者のサリンジャー)。
「よし、だったら、自分の愛する人だと思え」「恋愛はまだ」「まったく、お前には参るよ。信じてて大事にしてる奴だと思えよ。俺とか(笑)」(ジェームズ・サドウィズ「ライ麦畑で出会ったら」)
兄(ジェリー)の「信じてて大事にしてる奴だと思えよ」という言葉は、サリンジャー『フラニーとゾーイー』(1961)を思い出させる。
「そこにはね、シーモアの『太っちょのオバサマ』でない人間は一人もおらんのだ。その中にはタッパー教授も入るんだよ、きみ。それから何百何十っていう彼の兄弟分もそっくり。シーモアの『太っちょのオバサマ』でない人間は一人もどこにもおらんのだ。それがきみには分からんかね?」(サリンジャー「ゾーイー」野崎孝・訳)
傷ついた妹(フラニー)を慰めるために、兄(ゾーイー)は「太ったおばさん」の話を聞かせた。
どんな人の中にも「太ったおばさん」が存在しているというグラース家の長男(シーモア)の言葉は、ジェリーの「信じてて大事にしてる奴だと思えよ」という言葉へとつながっていくものだろう。
おそらく、兄(ジェリー)も、サリンジャーを(『フラニーとゾーイ』を)読んでいたのだ。
ジェリーがドラッグに手を出し、ベトナム戦争で命を落とすというストーリーは、いかにも、1960年代末期という時代を象徴している。
「なぜ黙ってたの?」「何のこと?」「ジェリーの戦死」「何それ?」「お母さんが ”ベトナムで亡くなったと” 」(ジェームズ・サドウィズ「ライ麦畑で出会ったら」)
敬愛する兄が戦死したとき、ジェイミーにとってジェリーは、ホールデンにとってのアリー(死んだ弟)となる。
「なぜ黙ってたの?」「僕が話をすると、兄貴は消えてしまうから」「消えたりしない。彼の話をしなきゃ。存在を確かなものにするの。ホールデンはよくアリーの話をしたでしょ」(ジェームズ・サドウィズ「ライ麦畑で出会ったら」)
ホールデンが死んだアリーのために物語を語り続けたように、彼もまた死んだジェリーのために物語を語り続けなければならなかった。
なぜなら、それがジェイミーにとっての「救済」だったからだ(この点、ディーディーの判断は素晴らしい)。
「同性愛者の次はクレイジー?」「クレイジーじゃない。ホールデンはアリーの話をすることで、きっと救いを得たの」(ジェームズ・サドウィズ「ライ麦畑で出会ったら」)
そして、彼は語り始める。
兄(ジェリー)の話を。
サリンジャーを探して、サリンジャーと出会うという、彼自身の物語を(「君は有望そうだ。自分の芝居を書け」)。
「ホールデン・コールフィールドはサリンジャーだった」と気がついたとき、主人公(ジェイミー)はホールデン・コールフィールドから解放されていたに違いない。
そのとき、彼は、本当の彼自身を見つけていたのだ。
「いいんだ。分かったんだよ。ホールデンは森の脇の小屋に住みたがり、変化を恐れ、子供をガラスケースに入れたがった。僕らのような奴らと話したくないから “手紙にしろ” と言った。ホールデンはここに実在していたんだ」(ジェームズ・サドウィズ「ライ麦畑で出会ったら」)
サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』は、自分を探すことの大切さを教えてくれる。
しかし、本当の自分を探すのはホールデン・コールフィールドではなく、自分自身でしかない。
コーニッシュを旅する時間の中で彼は、本当の自分自身を見つけたのだ。
映画の中のサリンジャーは「『ライ麦畑でつかまえて』は答えではないんだ」ということを教えてくれる。
この映画が伝えているものは、『ライ麦畑でつかまえて』が本当に伝えたかったことでもあった。
インチキな社会を生き抜いていくホールデン・コールフィールドの決意。
それは、主人公(ジェイミー)が見つけた決意でもあったかもしれない。
作品タイトル「Coming Through the Rye」は、『ライ麦畑でつかまえて』の中に登場するスコットランド民謡である(邦題は「故郷の空」)。
「あの唄は知ってるだろう? 『誰かさんが誰かさんをライ麦畑でつかまえたら』っていうやつ。僕はつまりね──」「『誰かさんが誰かさんとライ麦畑で出会ったら』っていうのよ!」とフィービーは言った。(J・D・サリンジャー「キャッチャー・イン・ザ・ライ」村上春樹・訳)
古いスコットランド民謡に詩を付けたのは、スコットランドの国民的詩人(ロバート・バーンズ)である。
主人公(ジェイミー)は『ライ麦畑でつかまえて』を通して、作家(サリンジャー)と出会った。
16歳の秋の新しいスタート。
「『ウォールフラワー』『シング・ストリート』に続く愛すべき青春映画の傑作!」というキャッチフレーズも、決して誇張ではなかった。
青春はいつだって『ライ麦畑』から始まっているものなのだ。



