庄野潤三は「静かな作家」だった。
ベストセラーを出すわけでもなく、文壇で騒がれるような事件もなかった。
ただ、自分のペースで作品を書き続け、昭和から平成へにかけて多くの著作を遺した。
そんな庄野潤三の功績は、今に語り継がれている。
本記事では、報道や企画展で示された「庄野潤三の人気」について、紹介していきたい。
読売新聞「庄野潤三 静かなブーム」生誕100年を迎えて
2021年2月8日。
庄野潤三の誕生日の前日に、読売新聞は庄野潤三の「静かなブーム」について報じた。
1921年2月9日生まれの庄野潤三にとって、2021年は「生誕100年」に当たっていた。
当時の新聞記事については、次の記事で詳しく解説しています。
▶ 読売新聞「庄野潤三 静かなブーム」生誕100年を迎えて~現在も入手可能な庄野文学作品
「生誕100年記念 作家・庄野潤三展――日常という特別」
その2021年、東京都練馬区立石神井公園ふるさと文化館では、「生誕100年記念 作家・庄野潤三展――日常という特別」が開催されている。
石神井公園は、大阪から上京した庄野潤三が初めて暮らした町でもある。
企画展のために製作された図録は、庄野文学の貴重な資料となっている。
「生誕100年記念 作家・庄野潤三展――日常という特別」については、次の記事で詳しく解説しています。
▶「生誕100年記念 作家・庄野潤三展――日常という特別」一人の作家が生きた歴史を辿る
読売新聞「庄野潤三 VS 島尾敏雄」
2022年5月22日(日)の読売新聞に、庄野潤三が登場している。
読売新聞文化欄「HONライン倶楽部」の「どっち派?」のコーナーで、「庄野潤三 VS 島尾敏雄」が採りあげられたのだ。
庄野潤三と島尾敏雄は、九州帝国大学で共に東洋史を専攻した仲間であり、自伝的青春小説『前途』に登場する「小高」は島尾敏雄がモデルとなっている。
読売新聞に掲載された「庄野潤三 VS 島尾敏雄」については、次の記事で詳しく解説しています。
▶ 読売新聞「庄野潤三 VS 島尾敏雄」家族を描き続けた小説家たち
「没後15年 庄野潤三展――生きていることは、やっぱり懐しいことだな!」
2024年(令和6年)6月8日(土)から8月4日(日)まで、神奈川近代文学館にて「没後15年 庄野潤三展――生きていることは、やっぱり懐しいことだな!」が開催された。
さすがに神奈川近代文学館らしく充実した展示で、会場は多くの来場者で賑わっていた。
庄野潤三の「静かなブーム」を可視化する企画展となったのではないだろうか。
実際に「没後15年 庄野潤三展」を訪問したときの記録は、次の記事で詳しく解説しています。
▶ 神奈川近代文学館「没後15年 庄野潤三展」ジャンルを超えた作家の文学と生活の記録
『クウネル』庄野潤三インタビュー
2000年代のスローライフで人気だった女性誌『クウネル』は、「静かなブーム」と呼ばれていた時代の庄野潤三のインタビュー記事を掲載している。
当時は『うさぎのミミリー』が発売された頃で、「夫婦の晩年シリーズ」は若い女性からも支持を集めていた。
晩年における庄野潤三の人気の秘密を探る上で、貴重な資料となっている。
『クウネル』に掲載された庄野潤三のインタビュー記事については、次の記事で詳しく解説しています。
▶【バックナンバー】『クウネル』庄野潤三インタビュー│家族小説家の静かなブーム
まとめ│終わらない庄野潤三の「静かなブーム」
庄野潤三ほど「静かなブーム」という言葉が似合う作家はいない。
目立たないようでいて、その著作は脈々と読み継がれていく。
本記事で紹介しているニュースは、そんな庄野潤三の本質を物語っているのではないだろうか?
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文学ブログ『時空標本』では、庄野潤三の紹介に力を入れています。
詳細は、次の記事をご覧ください。
▶ 庄野潤三とは|芥川賞を”超えた”作家の魅力と代表作10選を徹底解説
