村上春樹の短編小説『象の消滅』のポイントは、「象が消滅すること」の問題ではなく、「象の消滅を受容する」社会の構造にある。

なぜなら「象の消滅」をもたらしたものは、主人公が生きている現代社会そのものだったと考えられるからだ。

この記事では、『象の消滅』のあらすじを整理したうえで、「象」と「象の飼育係」が象徴するものについて、独自の視点から考察していきたい。

3行でわかる『象の消滅』

日常(発端の事件)
町の象徴として愛されていた老象と飼育係の老人が、頑丈に施錠された象舎から足跡も痕跡も残さず突如として姿を消す。

違和感(目撃した変容)
消滅前夜、象舎を密かに覗き見た「僕」は、象が縮んで飼育係とほぼ同じ大きさになり、互いのバランスを失っていく異様な光景を目撃していた。

結末(世界の調和の喪失)
象の消滅後、世の中のバランスが決定的に崩れてしまったと感じる「僕」は、現実に対する深い無気力と孤独を抱えたまま日々を送る。

『象の消滅』簡単なあらすじ(ネタバレ要約)

ある地方都市の閉園した動物園から、行き場を失った老象の引き取り手をめぐって町が紛糾する。最終的に町営の「象舎」が建設され、長年象の世話を続けてきた飼育係・渡辺昇(63歳)とともに象は市民に広く愛される存在となった。

ところがある日、象と飼育係は施錠された象舎の中から忽然と姿を消してしまう。頑丈な鉄格子や南京錠は内側から固く閉ざされたままで、重い鎖や足環も外れておらず、巨大な象が脱出した痕跡はどこにも見当たらなかった。警察の徹底的な捜査にもかかわらず手掛かりは一切見つからず、事件は未解決のまま人々の記憶から薄れていく。

電機機具メーカーの広告部に勤める「僕」は、消踪事件のスクラップをひそかに集め続けていた。あるパーティーで知り合った女性と打ち解けた「僕」は、事件の前夜、象舎の小窓から「信じがたい光景」を目撃していたことを打ち明ける。象の身体が急激に縮小して飼育係と同じサイズになり、二者が不思議な調和の中で交信していたのだという。

女性はその告白に困惑して去り、「僕」は再び深い孤独の中へと取り残される。象が消えて以来、世界から正当なバランスが失われてしまったと感じる「僕」は、何もかもが無意味に思える日常をただ漫然と生きるのだった。

【考察】「象」という価値観の喪失

① メタファーとしての「象」

かつて町の人気者だった象が年老いたとき、象は引き取り手のない邪魔な存在となってしまう。

世の中の価値観は決して固定されたものではない。

時代の情勢や環境の変化によって、存在が持つ価値観は宿命的に変動し続けるものだ。

その意味において「象」は、「変動し続ける価値観」の象徴として読むことができる。

同時に、存在の価値観が損なわれたとき、「その価値観とともに生きる人々」もまた、その存在意義を失ってしまうはずだ。

②「象」という価値観の喪失

具体的な事例で検証してみよう。

1960年代に主流だったある理念(例えば「社会変革」という理念)が、1980年代という新しい時代を迎えて時代遅れになったとき、その理念の価値観は「相対的に」失われる。

同時に、その理念を実現するために運動していた活動家たちの存在意義も「相対的に」損なわれてしまうだろう。

この場合、社会変革という理念が「象」であり、活動家たちは「象の飼育係」である。

「社会変革の理念」そのものは変わっていないはずなのに、世の中の動きに連動して、その価値観は(相対的に)変動していく。

つまり、象が消滅したのは「象が消えた」ということではなく、新しい時代の中で「象という存在の価値観が喪失した」ということなのだ。

③「古い価値観」への葛藤

価値観の変動は、現実社会において珍しいものではない。

むしろ、我々は時代の流れの中で、価値観とのバランスを図りながら生きていると言っていい。

この物語の主人公が、年老いた象の記事をスクラップしながら、現代的なキッチンの広告を担当しているのも、彼なりのバランスの取り方だった。

そういう意味で「年老いた象」と「現代的なキッチン」は、間違いなく対比的に配置されているものだ。

そこにあるのは「時代遅れになったから」という理由だけで、「古い象」を切り捨てることのできない、彼自身の葛藤である。

だからこそ、彼は彼女に対して「古い象」の話などをするべきではなかったのだろう。

彼女が知りたかったのは、ドラマチックな「象が消滅した事件」についてであって、「象という価値観の喪失」などではなかったのだから。

現代社会において正しいのは、おそらく彼女の方であり、古い象にこだわり続ける彼に、新しい時代を上手に生きていくことは難しいはずだ。

時代に乗り遅れた価値観など、あっさりと忘却してしまうことで、我々は新しい時代を巧みに生きていくことができるのである。

④「現代的なキッチン」が意味するもの

大切なことは、主人公がPRしている最新式のキッチンも、いつかは「古い象」になる、ということだ。

価値観が相対的なものである以上、永遠に優位性を保つことのできる価値観といったものは存在しない。

繰り返される価値観の変動の中に、我々は注意深く乗り続けていくだけだ。

そこに、人間社会の虚しさがある。

おそらく、我々はいくつもの「象の消滅」の目撃者だったはずだ。

問題は、むしろ「語られない象」が、あまりにも多かったということなのかもしれない。

まとめ|新しい時代を生きていくために

本作「象の消滅」は、相対的に損なわれていく価値観の変貌を描いた物語である。

すべて我々は、時代の流れの中で損なわれていく価値観を繋ぎとめることはできない。

それはひとつの真実である。

それでも、なお「年老いた象」を求めることが、我々には必要なのではないだろうか。

象の飼育係は、もしかすると、我々自身だったかもしれないのだ。

「年老いた象」の価値観を支えることの意味を、我々はもっと考えてみるべきなのかもしれない。

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本作を収録した短編集『パン屋再襲撃』については、次の記事で詳しく解説しています。

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