沼田元気『ぼくの伯父さんの東京案内』は、2000年(平成12年)8月、求龍堂から刊行された。
もう若くはないが、老人になるには少し間がある。まだ一寸欲望も残っており、幸いそれをコントロールする力もある。人生で一番長く、そして楽しい中年という時間の伯父さん的生き方入門書。
「人生の教科書」とも呼ぶべき充実したライフスタイル・ブック
誰しも自分だけのバイブルと呼べるような本を、少なくとも一冊くらいは持っているのではないだろうか。
僕にとって、それが、沼田元気さんの『ぼくの伯父さんの東京案内』だった。
『ぼくの伯父さんの東京案内』は、一見東京のタウンガイドのように見えるが、実際の内容は「人生の教科書」とも呼ぶべき充実したライフスタイル・ブックとなっている。
『ぼくの伯父さんの東京案内』の基本コンセプトは、著者である沼田元気さんの好きなことを詰め込んでいるということだろう。
沼田さんは、バス散歩や古本散歩、カフェ散歩など、様々な観点から東京という街を案内していくが、伯父さんが案内しているのは街ではなく、実は人生であった、ということが読み進めていくうちに理解できる。
好きなものだけで生きることがどれほど幸せなことか、本書を読んだ読者はきっと感じるのではないだろうか。
自分も好きなものだけで生きていきたいと、この本を読んでから考えるようになった。
例えば、使用済みの外国切手や使い古しのボタン、ダッフルコート、帯の付いた古い本、サンリオの懐かしい雑貨、学生時代から愛用している壊れかけのアコースティックギター、1980年代の村上春樹、喜多嶋隆の文庫本、スタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトの『ゲッツ&ジルベルト』、ハーフサイズのフィルムカメラ、ツイードのジャケット、マッチラベルのスクラップブック、シェットランド・ウールのセーター、ケンウッドのK’sシリーズ、福原麟太郞の随筆、グマイナーのアップルパイ、クリスマス・ツリー、モレスキンのノート、わたせせいぞうの『ハートカクテル』、昭和初期の女の子たちが遊んだおはじき、戦後の少年たちが遊んだビー玉、北欧のクリスマスシール、ブルックス・ブラザーズの白いボタンダウンシャツ、沼田元気さんの本、カルピスをかき混ぜたプラスチックのマドラー、トイ・カメラ、オキュパイド・ジャパン、角川文庫の広告入り栞、地名入りのお土産こけしなどなど。もちろん、モノばかりじゃなくて、アカシアの白い花の匂いやお祭りの金魚すくい、アイスティーと冷たい梨の組み合わせ、ポプラの葉ずれ音、落ち葉をかさかさ踏む音とか女の子の柔らかい胸の感触、夏の午後の昼寝、ウディ・アレンの映画、喫茶店のモーニング、喫茶店のやきそば、喫茶店のBGM、喫茶店で読む雑誌、夜明けの海の匂い、バック・パッキングの徒歩旅行、フライ・フィッシングの渓流釣り、初夏のイカ刺、チェット・ベイカーのボーカル、読書の夜更かし、鎌倉のスターバックスコーヒーなどなど、好きなものを思い出していくと、際限なく好きなものが浮かび上がってくる。
そして、そうして好きなものについて考えている時間というのは、何にも増して幸せなものだ。
沼田元気さんの『ぼくの伯父さんの東京案内』が教えてくれたものは、こうした好きなものと過ごす時間の大切さである。
自分の好きなものだけについて、これからも考えていこう
好きなものは、人と違って全然いい。
人は、自分だけの楽しみを、自分だけで楽しむべきなのだ。
そんな、自分の好きなものについてだけ、コツコツ綴ってみようと考えたのが、このブログ<GENTLE LAND>である。
僕の好きなものが、誰かの好きなものとは限らない。
それが人生である。
僕は僕だけの人生を刻むために、今日まで生きてきたのだ(少なくとも、たぶん)。
好きなモノ、好きなコト、好きな時間。
自分の好きなものだけについて、これからも考えていこうと思う。
沼田元気さんほどに自由な人生ではないとしても、とりあえず、これは僕だけの人生なのだから。
ところで、この本の紹介文には「人生で一番長く、そして楽しい中年という時間」という言葉がある。
「人生で一番長く、そして楽しい中年という時間」という言葉は、果たして本当だろうか。
答えは「イエス」である。
中年という時間くらいに楽しい時間はなかったと言っていい。
中年時代をいかに楽しく過ごすか。
人生の秘訣は、そんなところにあるのではないだろうか。