J.D.サリンジャーの作品は、多分に自伝要素が強いと言われる。
実際に体験したことを素材として小説を作り上げるのが、サリンジャーのやり方だったのだ。
逆説的に言うと、サリンジャーの人生を理解することで、サリンジャーの文学作品に対する理解を深めることができる、と言うこともできる。
それが、どういう意味かということは、サリンジャーの伝記を読んでみれば分かるはずだ。
謎に包まれたサリンジャーの私生活だが、現在は数種類の伝記が出版されているので、かなりの部分まで、その人生に近づくことができる。
今回は、日本語で入手可能なサリンジャーの伝記についてまとめておきたい。
サリンジャー―生涯91年の真実 / ケネス・スラウェンスキー
作家の伝記と作品考察とを並列的にまとめた、サリンジャー伝の決定版。
サリンジャー文学を理解するための伝記としては、今のところ一番のおすすめ。
ニコラス・ホルト主演で『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』として映画化された。
サリンジャー / デイヴィッド・シールズ、シェーン・サレルノ
200人以上の関係者から集めた証言を、年代順にまとめた証言集。
様々な視点からの証言が集約されて、一つのサリンジャー像を形成している。
サリンジャー伝の中では最大ボリュームで、読み応えあり。
サリンジャーを追いかけて / ポール・アレクサンダー
伝記作家が制作したサリンジャーの評伝。
歴史の教科書的にまとまっていて読みやすいが、深みはない。
文学的考察が雑で、あまり参考にならないのが残念。
サリンジャーをつかまえて / イアン・ハミルトン
作家の存命中に出版されたサリンジャーの伝記。
私的な手紙を多数引用していることから、サリンジャーに裁判で訴えられ敗訴した結果、実際に出版された伝記は、かなり骨抜きにされている印象がある。
サリンジャーの評伝というよりは、サリンジャーの伝記を書くことの難しさを伝えるためのドキュメンタリーみたいだ。
我が父サリンジャー / マーガレット・A・サリンジャー
サリンジャーの長女が綴った自叙伝。
家族にしか分からない生身のサリンジャーが描かれている。
現在のところ、サリンジャー一族による回想記は、この一冊のみだ。
ライ麦畑の迷路を抜けて / ジョイス・メイナード
1972年から1973年にかけて、サリンジャーと同棲していた女性の自叙伝。
サリンジャーの評伝というよりも、暴露本といった趣きが強い。
著者は、経済的理由を明らかにしており、後に、サリンジャーの手紙をオークションにかけて処分している。
サリンジャーと過ごした日々 / ジョアンナ・ラコフ
1996年にサリンジャーとの交流があった若い女性の回想記。
マーガレット・クアリーやシガニー・ウィーヴァーの出演で『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』として映画化された。
サリンジャーの出番は少ないけれど、現代の若者がサリンジャー文学に惹かれていくプロセスが興味深い。