山内史子「英国ファンタジー紀行」読了。
本作「英国ファンタジー紀行」は、小学館ショトルシリーズ<ショトルトラベル>のイギリス文学紀行集である。
ファンタジー文学の好きな方には最高の一冊
最初にJ・K・ローリング「ハリー・ポッター・シリーズ」が登場する。
作品中で<ホグワーツ特急>が出発したキングズ・クロス駅から列車に乗って、著者はスコットランドのエディンバラへ向かった。
エディンバラは、J・K・ローリングが『ハリー・ポッターと賢者の石』を執筆した土地である。
離婚後、ローリングはまだ幼い娘を抱え、妹を頼りにここに来た。生活保護を受けての日々。乳母車を押して街を歩きまわりながら娘を寝かせたあと、カフェ「ニコルソンズ」で、ひたすら「賢者の石」の創作に没頭する。完成した原稿をコピーする費用もなく、手書きで写したほど、逼迫した生活……(山内史子「ハリー・ポッターの面影をたどるスコットランド」)
スコットランドの首都エディンバラは、シェイクスピアが描いたマクベス王をはじめ、数多くの権力者たちが、争いを繰り広げてきた歴史を持つ。
街では<幽霊と魔女>なるウオーキングツアーをやっていて、著者もこのツアーに参加して、市内を散策している。
大西洋に面したボズキャッスルという小さな街では「魔女博物館」を見学。
いかにも<ファンタジー紀行>らしい旅行だ。
宿泊場所の<ロッホ・トリドン>は、かつてある貴族が狩猟のために所有していた別荘で、重厚あるしつらえは「ホグワーツのイメージ」そのもの。
日本で読んでいるだけで、ハリー・ポッターの物語は充分に面白い。だが、旅によってその世界は、もっともっと魅力を放つ。今なおスコットランドは、ハリーの、そして魔法界の不思議な気配で満ちあふれている。(山内史子「ハリー・ポッターの面影をたどるスコットランド」)
文学紀行の醍醐味を伝えてくれる文章だ。
『指輪物語』の作者<J・R・R・トールキン>が暮らしたオックスフォードを訪ねる旅もいい。
トールキンの足跡を辿りながら、ペンブロック・カレッジ、マートン・カレッジ、ボードリアン・ライブラリー、植物園。
大学の植物園はトールキンの散策ルートのひとつで、彼は「ピナス・ニグラ」という木がお気に入りだった。
モードリアン・カレッジから続くアディソンの小道は、「ナルニア国物語シリーズ」の作者<C・S・ルイス>と一緒に散歩をした場所。
トールキンとルイスは文学愛好会「インクリングス」の中心メンバーで、その会合は<イーグル&チャイルド>というパブで開かれていた。
彼らが集ったカウンター前の一画は「ラビット・ルーム」と呼ばれていて、今も、オックスフォードの大学教授らしからぬ、柔らかい微笑みのトールキンの写真が飾られているそうだ。
ちなみに、トールキンが『指輪物語』の執筆に取りかかったのは1937年。
100年近く前と同じパブの同じ席でビールを飲めるなんて、さすがにイギリスである。
本書では、その他、ルイス・キャロル『不思議の国アリス』、J・M・バリ『ピーター・パン』、A・A・ミルン『クマのプーさん』、ビアトリクス・ポター『ピーターラビットのおはなし』、『アーサー王伝説』などが紹介されている。
ファンタジー文学の好きな方には、最高の一冊になるのではないだろうか。
まだ、読んだことがないという方にとっては、イギリス文学への興味を発起してくれる、良き案内書となるだろう。
石畳の古い街角と教会の鐘の音は『クリスマス・キャロル』の世界
この季節に訪れてみたいのが、チャールズ・ディケンズ『クリスマス・キャロル』の舞台となった大都会・ロンドンだろう。
ディケンズが『クリスマス・キャロル』を書いたのは1843年。
物語の構想を考えながら、ディケンズは、貧しさに苦しむ人々に思いを馳せ、夜更けのロンドンの街を夢中で何キロも歩いたという。
ディケンズが家族と暮らした家は、<ディケンズ・ハウス・ミュージアム>という博物館として保存されている。
ディケンズ行きつけのパブが<オールド・チェシャー・チーズ>。
イギリスで最も古いパブらしいが、ディケンズのお気に入りの席が、今もまだ残っているというからすごい。
「ブルームズ・ホテル」には、<ディケンズ・ルーム>と呼ばれる客室があって、ベッドの上には、ディケンズの大きな肖像画が飾られている。
だけど、ディケンズの小説の世界を味わうなら、何と言ってもロンドンの街を歩くことに限るらしい。
ディケンズは、幼いころから劇場が集まったコヴェント・ガーデン周辺を気に入っていたそうで、彼自身や物語に関連する場所が数多く残っている。テムズ川近く、地下鉄エンバンクメント駅のそばには、少年時代に働きに出された靴屋の工場があったという。(山内史子「クリスマス・キャロルの鐘の音が聞こえるロンドンの街角」)
『クリスマス・キャロル』の時代、ロンドンは霧に覆われていたというが、この霧は、石炭の煤煙が引き起こした一種の公害だったらしい。
石炭の煤煙は過去のものとなってしまったけれど、石畳の古い街角と教会の鐘の音は、『クリスマス・キャロル』の世界のままだ。
とにかく、写真が多いので、文学ガイドというよりも旅行ガイドと言っていいくらいに充実している。
昨今のファンタジー・ブームに対して、「いい大人が」とか「現実逃避だ」などという声が時折、聞こえてきますが、現実をしっかりと生きていなくては、逆に空想も、想像も、そして創造もできないのではないでしょうか。(山内史子「英国ファンタジー紀行」)
文学紀行の楽しさを存分に体感することができた、充実のビジュアルブック。
イギリスに行きたくなってしまった。
書名:英国ファンタジー紀行
著者:山内史子(写真:松隈直樹)
発行:2003/10/10
出版社:小学館ショトルシリーズ