文学鑑賞

永井龍男「文壇句会今昔」小説家が俳句で遊んだ昭和という優雅な時代

永井龍男「文壇句会今昔」あらすじと感想と考察

永井龍男「文壇句会今昔」読了。

本書「文壇句会今昔」は、1971年(昭和46年)に雑誌「潮」に連載された「東門居句手帖」を書籍化したものである。

文壇句会の歴史を随想で俳句で綴る

本書「文壇句会今昔」は、句集と随筆集がセットのなったような、ちょっと変わった趣向の句集である。

もともと古い句を集めて一冊にするようなつもりは私にはなく、古手帖の一句の周辺にある旧事を偲びながら、雑文とも句集ともつかぬものができたならと思って始めた閑文字だったが、書きつづけるうちに、標題のような「文壇句会今昔」──東門居句手帖──というほどの内容になった。(永井龍男「文壇句会今昔」)

<文壇句会>が初めて催されたのは、1937年(昭和12年)2月で、会場は麹町弁慶橋極わの清水谷公園「皆香園」だった。

杉村楚人冠や鶴田知也のほか、久米正雄、久保田万太郎、吉川英治、横光利一、内田百閒、佐々木茂索、徳川夢声、小島政二郎、瀧井孝作、永井龍男など、計十六名が集まったそうである。

また、会場には現れなかったが、室生犀星や川口松太郎も投句のみ参加したらしく、犀星には「春の夜に飯の白きを眺め居る」の句が残っている。

この後、著者は、古い句手帖に基づきながら、句会の様子を詳しく回想していく。

当時の句会を盛り上げたのは、何と言っても久米正雄(三汀)と久保田万太郎の二人である。

久米正雄は、しんからの俳句好きで、毎月自宅で句会を催し句座のなかで必ず酒の用意をさせた。焙じ茶にウイスキーを混じて番茶ウイスキーと称したのも三汀居主人の発明で、呑み手には紅茶よりもよほど後口がよかった。(永井龍男「文壇句会今昔」)

当時の句会の様子は、多くの文人が書き残しているところだが、本作では、例えば深田久弥(九山)の随想なども引用しながら、往年の句会の雰囲気を再現してくれている。

「窯開けの窯の余熱や秋没日」は、益子にある濱田庄司の窯を訪ねた際の作品。

益子に窯を構えて間もない濱田庄司氏が新たに上り窯を設け、その初窯の全作品を文藝春秋社が引き受けることになった。次の年の十七年新年号を二十周年記念号とし、寄稿家その他に濱田氏の作陶を贈ろうという企画がきまって、私たちは窯開けの日に益子を訪ねた。(永井龍男「文壇句会今昔」)

邸内の一隅には羊が飼われ、その糸で夫人はホームスパンを織り、濱田氏用の服地にしていたそうである。

やがて戦争が終わり、1946年(昭和21年)、著者は文藝春秋社を退社し、小林秀雄や林房雄、横山隆一らとともに<新夕刊新聞>の創刊に参加するが、戦時中の活動が原因となって公職を追われた。

鎌倉に住みついて十年、文藝春秋社での前歴が進駐軍のパージに該当、「公職追放令」によって新夕刊を退職した。昭和二十二年、私は四十四歳、それまで一年に一篇か二篇、思い出したように小説を書いていたが、他に途はないので、本腰で文筆生活に入る腹を決めた。(永井龍男「文壇句会今昔」)

当時の生活は「そばやまで」という短篇に詳しい、とある。

1950年(昭和25年)、著者は「朝霧」という短篇で横光利一賞を受賞するが、「相変わらず生活は苦しく、短篇小説を月に一つ二つ書いていたのでは、戦後のインフレに抗すべくもなかった」と、当時を回想している。

句会の様子から戦前戦後の文壇交友を知る

戦後の文壇句会の様子については、文藝春秋の臨時増刊1953年(昭和28年)12月発行の「炉辺読本」にも詳しく紹介されている。

これは「徳川夢声・宮田重雄歓迎文壇句会」を誌上に再現したもので、久保田万太郎はじめ、玉川一郎や中里恒子、北條誠、田村泰次郎、源氏鶏太、瀧井孝作、林譲治、横山隆一などが参加している。

本職の俳人としては富安風生の名前もあるが、句会は雑談の多い、およそ砕けた雰囲気のものだったらしい。

(徳川)あたしがいない間の文壇句会を雑誌で拝見しますとネ、あたしと重亭がいないためにたいへん静かである、と書いてありましたがね。(久保田)ほんとですよ。(北條)ですから、大変な番狂わせなんです。源氏鶏太が三等になったり……(永井龍男「文壇句会今昔」)

源氏鶏太の『三等重役』が「サンデー毎日」に連載されて人気小説となったのは、1951年(昭和26年)から1952年(昭和27年)にかけてのことだった。

文壇句会は、俳句を本業としない小説家などが集まって、余技としての俳句を楽しむ会だったから、自然、雰囲気も柔らかいものとなっていたのだろう。

本作『文壇句会今昔』は、戦前から戦後にかけての文壇交友の一端を知る上でも、貴重な資料である。

俳句に知識がなくても、随筆集として楽しめるし、俳句が好きな人には、句会で披露された文人たちの作品をたっぷりと楽しむことができる。

ところで、昨今の文壇にも、このような句会というものがあるのだろうか。

<文壇>という概念自体が、昭和とは異なっているのかもしれないが。

書名:文壇句会今昔
著者:永井龍男
発行:1972/8/20
出版社:文藝春秋

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。