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氷室冴子「クララ白書」中3女子の寄宿舎ライフは明るくて爽やかな友情の日々だった

氷室冴子「クララ白書」あらすじ・感想・考察・解説

氷室冴子「クララ白書」読了。

『クララ白書』は、1980年(昭和50年)4月に、『クララ白書 ぱーとⅡ』は、1980年(昭和50年)12月に、集英社文庫(コバルトシリーズ)から刊行された青春コメディ小説である。

この年、著者は23歳だった。

表紙イラストや本文カットは、原田治が担当。

一話読み切り型のエピソードが、一年間の季節を追うようにつながっていく。

収録エピソードは、次のとおり。

「クララ白書」

第一章 ドーナツ騒動
第二章 ストレインジャーⅠ
第三章 下級生登場プラス1
第四章 ストレインジャーⅡ
第五章 その前夜(イブ)
あとがき

「クララ白書ぱーとⅡ」
第一章 ラブレター大作戦
第二章 幻猫ユリウスの怪
第三章 クリスマス・ラプソディ
第四章 菊花危機一髪
あとがき──少女夢──

1996年(平成8年)、加筆修正された愛蔵版が、集英社(Saeko’s early collection)から刊行されている。

2001年(平成13年)、新装版が、集英社コバルト文庫から刊行されている。

1982年(昭和57年)から1983年(昭和58年)にかけて、みさきのあ(イラスト)による漫画『クララ白書』が、小学館(フラワーコミックス)から刊行されている(全3巻)。

1985年(昭和50年)、少女隊主演映画『クララ白書・少女隊PHOON』原作小説。

友情で乗り越えていく女子中学生の悩み

「クララ」とは、札幌市内にある私立女子中・高校(徳心学園)に付属する寄宿舎(女子寮)の名称である。

クララ舎ってのは中等科寄宿舎のことで、だから中等科三年はクララ舎の最高学年として、いろいろな特権があるわけよ。(氷室冴子「クララ白書」)

高等部の寄宿舎の名称が「アグネス舎」で、主人公(桂木しのぶ、しーの)が高校生になった後のエピソードは、『クララ白書』の続編である『アグネス白書』で語られる。

わが徳心の寄宿舎は、マンション風のごく普通の五階建ての建て物で、二階の一部から五階の一部まで、中・高の舎生が住んでいる。つまり、クララ舎、アグネス舎といっても、それぞれ独立した建て物があるわけではなく、単に中等科生が住んでいる東側をクララ舎、高等科生が住んでいる西側をアグネス舎と称しているにすぎないのだ。(氷室冴子「クララ白書」)

主人公(しーの、中学3年生)は、父親の転勤に伴って家族が道外へ引っ越したのを機に、寄宿舎へ入舎する。

つまり、この物語は、中3女子の寄宿舎ライフを描いた青春コメディ物語なのだ。

校内で中等科の桂木しのぶといえば、中等科生徒会の書記をやったり何なりでちったあ名の知れた有名人だというのに、クララじゃ全くの新参者扱いなんて、気にならないといえば噓になる。(氷室冴子「クララ白書」)

同じく、中学3年生の春からクララ舎へ入舎した生徒が、紺野蒔子(マッキー)と佐倉菊花で、この物語は、主人公(しーの)とマッキー、菊花という3人の中三女子の友情を軸に展開していく。

菊花は、札幌市内に十二のチェーン店を持つ老舗うどん処讃岐屋の五人兄妹の末っ子にして長女で、少女漫画家になりたいという大きな夢を抱いて、公立中学校から編入してきた。

「だいたいね、俗物的なのよね。クララなんて、宝塚みたいな名前つけちゃってさ。単にマンション風の建て物の東側がクララ、西側がアグネスってだけじゃないのさ。アグネスなんてカマトトめいた名前も軽薄よ」(氷室冴子「クララ白書」)

マッキーは、旭川市内にある清酒『男道』酒造株式会社の社長令嬢。

「おっおっ男道だってさ。あの、涙なしには言えない『男道』の娘がマッキーだってさ。青池保子センセに知らせてやらない? 喜んで下さるわよ!」(氷室冴子「クララ白書」)

クララ舎で一番の美女だが、言動に少々情緒不安定なところのあるマッキーは、家庭の事情から寄宿舎生活を余儀なくされたらしい。

主人公(しーの)は、吉屋信子の少女小説が大好きな文学少女。

姉さんは笑うけど、アンズヴェリスさまの魅力には抗い難いものがあるわ。その上、私の愛読書の吉屋信子大先生の本にちょいちょい出てくる寄宿生活に、ほのかな、否、熱烈な憧れを抱いてもいたし。(氷室冴子「クララ白書」)

もっとも、現実の寄宿舎には、吉屋信子の文学世界のごとき甘美な生活は欠片もない。

深夜に大食堂に忍び込んで、ドーナツ四十五個を作るべしという、中三の新入舎生に与えられたミッション(食糧庫破り)を通して、三人の女子は親友となる。

全二巻で構成される、この青春コメディの軸となっているのは、中三女子三人の友情だ。

例えば「ラブレター大作戦」は、東校の男子生徒から初めてラブレターをもらった主人公に、二人の親友がアドバイスをする物語である。

あたしはすばやく手を伸ばして、手紙をとった。裏を返して差し出し人の名前と住所を見た。中央区の住人で、大津雅文とある。以前あたしが住んでいたのは新琴似の方だから、中央区は関係ない。大津という幼なじみもいないし、小学校の同級生でもない。とすると、これは、やっぱし……、ひょっとして、ひょっとすると……!(氷室冴子「クララ白書」)

「人生って、喜びに満ちてる! 十四年間、生きててよかった!!」と有頂天になった主人公は、アグネス舎の上級生(まりこさん)の仲介により、強引にデートの約束を決められてしまう。

主人公の初デートのために、シミュレーションを繰り返す三人の会話はかわいい。

ところが、待ち合わせ場所(三越の地下入り口)に大津君は現れず、それどころか、不良っぽい男性高校生にナンパされた主人公は、強引に連れて行かれそうになってしまう。

このとき、心配して主人公の後をつけてきたマッキーと菊花が飛び出して、主人公を助ける。

「ともかく、大津ってやろーは最低よ。一時半になるってのに、まだ来ないじゃない。このままじゃおさまらないわ。きらめく虹子女子に頼んで、生徒会から注意を申し入れてもらおう。いや、それだけじゃだめだ。あたしが呼び出して、おとしまえつけさせてやる。しーのをこんなめにあわせて、無事でいられると思うなよ。鉈ふりのマッキーと呼ばれたこのあたし、親友をおちょくられて黙ってられるか!」(氷室冴子「クララ白書」)

親友の心を傷つけられて逆上するマッキーの姿は、寄宿舎という空間で、助け合いながら生きる女子中学生たちの生活を象徴したものだ。

もちろん、青春コメディの『クララ白書』だから、この物語には楽しいオチが待っているのだが、ちょっとした事件を通して、彼女たちの友情が深まっていく過程を描いた物語は、生き生きと、活力に満ち溢れている。

その背景となっているのは、主人公が憧れる少女文学と、菊花が志す少女漫画の世界観である。

「桂木さん、愛読書はなんですか」「吉屋信子の『花物語』に『紅雀』『わすれなぐさ』に大林清の『母恋ちどり』!」(氷室冴子「クララ白書」)

彼女たちの会話の中には、普通に少女漫画や少女小説が登場する。

大和和紀の『薔薇子爵』シリーズにオランジュっていうまっ黒な犬が出てくるでしょ、オレンジを食べる犬よ。オレンジを食べる黒い犬、なんてこれほど美しいものがあるかしら。(氷室冴子「クララ白書」)

少女小説や少女漫画へのオマージュは、女子中学生の寄宿舎ライフに立体感を与えている。

そこに、彼女たちの共通言語があり、等身大の生活があるからだ。

ひどく幸福な夜だ。こんな夜は、ずっと起きていたいのに。起きて、菊花やマッキーとの将来の夢の話や、お互いの家族の話や、好きなものや、好きになれそうなものの話なんかを夜っぴいてしたいのに。(氷室冴子「クララ白書」)

彼女たちの暮らしは、浮ついていない。

地に足がついている。

初めてのデートが、ドタバタの失敗劇で終わった主人公は「ラブレターにしろデートにしろ、あたしには二年も三年も早かったんだ」と振り返り、家庭教師の男子大学生に恋をしたマッキーも、自分の立場を客観視できている。

「今のところ、どうしようもないわ。向こうは大学生だもの。光太郎さんみたいなロリ・コンならいざしらず、まともな大学生なら中学生なんて恋愛対象には見られないじゃない。だから高校生になるまで黙ってるわよ。それまで西藤さんに虫がつかないのを祈るだけだわ」(氷室冴子「クララ白書」)

無理な背伸びをしないから、彼女たちの青春は爽やかで明るい。

明るく元気で前向きな女子中学生の青春コメディ。

それが『クララ白書』である。

もちろん、多感な彼女たちに悩みはつきない(主人公は、いつも悩んでいる)。

悩みを持っているからこそ、彼女たちは友情の絆で互いを支えあい、一つ一つの悩みを共有しながら乗り越えていくのだ。

深すぎないからちょうどいい札幌文学

カトリックの女子校(徳心学園)は、大学時代の筆者(氷室冴子)が通っていた藤女子学園がモデルだと言われている。

氷室冴子は、地元の進学校(岩見沢東高校、「ガントウ」と呼ばれる)卒業後、藤女子大学に入学していて、藤女子中学校・高等学校には通学していないから、女子大生時代に見た女子校がモチーフになっているのだろう。

当然、札幌のローカルなエピソードが、随所に散見される(1980年当時の)。

「くるみ屋を通り過ぎたよ。例のシフォンケーキ、買っていらないの」「シフォン……? ああ、いる、いるわよ。買って。菊花とマッキーに一個ずつ、私に二個で計四個」私達は後戻りしてくるみ屋に行き、知る人ぞ知るシフォンケーキを買った。(氷室冴子「クララ白書」)

主人公は、仲良しの男子大学生(光太郎)に連れ出されて、映画や喫茶店へ行った帰りに、『くるみ屋』でシフォンケーキを買ってもらう。

『くるみや』は、中央区の石山通り沿いにある洋菓子屋で、シフォンケーキが有名。

当時は、さっぽろ地下街「ポールタウン」にも店舗があって、光太郎がケーキを買ってくれるのは、地下街のお店である。

もしかすると、『くるみや』には、大和和紀の漫画に対するオマージュが含まれていたのかもしれない。

くるみや以外にも、地下街ポールタウンは、作品中にしばしば登場する。

「時間は……そうね、一時がいいかな。場所は三越の地下入り口がわかりやすいわね。大津君はあなたの写真を持っているから顔はわかるはずよ」(氷室冴子「クララ白書」)

東校の大津君とデートするとき、上級生(まりこさん)に指定された待ち合わせ場所は、三越の地下入り口で、つまりは、地下鉄「大通」駅ということだ。

地下街ポールタウンの入り口も、三越入り口のすぐ近くにある。

あたし達二人と三人は、ゾロゾロと地下街の喫茶店『ノア』に入った。(氷室冴子「クララ白書」)

喫茶店『ノア』といえば、南4条西2丁目にあった格安の純喫茶だ(2009年に閉店)。

あたしとマッキーは互いにそっぽを向いて、菊花のあとについてバスセンターまで歩いて行き、米里行きのバスに乗った。(氷室冴子「クララ白書」)

『クララ白書』の世界観は、間違いなく、札幌という街の世界観でもあるのだが、渡辺淳一のご当地小説(『リラ冷えの街』『北都物語』など)のように押しつけがましくないのは、札幌についての余計な解説がひとつもないからだろう。

少女漫画や少女小説に解説が必要ないように、札幌の街にも解説は必要ない。

なぜなら、それが、彼女たちの日常生活そのものだからだ。

彼女らは、あくまでも自分たちの日常生活を、等身大に生きているだけなのだ。

そして、さりげない無記名性こそ、札幌が舞台となっているこの作品を、北海道文学に留まらない普遍的な青春文学へと仕上げているのではないだろうか。

文化祭の演劇大会、高等科の古典文学研究会では、椿姫の白露さん原作『沙本毘古の叛乱』を公演することになった。

「昔、昔、大昔ヤマトタケルのもっと昔、沙本毘古(さほびこ)、沙本毘売(さほびめ)という兄妹がいます。王族の血を引く、いわば豪族の兄妹ね」(氷室冴子「クララ白書」)

古事記を下敷きにした『沙本毘古の叛乱』は、かなり本格的な劇中劇で、歴史ものに対する筆者の関心の高さを伺わせる(晩年の『銀の海 金の大地』は代表作となった)。

古典劇に対する並々ならぬ情熱を見せる「椿姫の白露さん」は、作者の投影と読んでいい。

もちろん、少女文学好きの主人公は、作者の分身として読めるし、マッキーにも菊花にも、作者の影響を読み取ることができる。

作者の持つ熱い関心が、『クララ白書』という世界観を形成していると言っていいくらいだ。

そのためか、どうか、『クララ白書』は、自由に伸び伸びと描かれた作品という印象を持った。

もすかすると、生き生きと生きる登場人物たちの姿は、すべてが、作者自身の投影だったのかもしれない。

まっすぐだった中学生時代を懐かしく思い出させてくれる、そんな少女小説である。

書名:クララ白書
著者:氷室冴子
発行:1980/04/15
出版社:集英社文庫(コバルトシリーズ)

書名:クララ白書ぱーとⅡ
著者:氷室冴子
発行:1980/12/15
出版社:集英社文庫(コバルトシリーズ)

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。