ケストナー『エーミールと探偵たち』読了。
本書は、1928年、ドイツのエーリッヒ・ケストナーが発表した児童文学である。
「訳者あとがき」によると、この物語は、新聞記者だったケストナーが初めて書いた児童文学小説だったらしい(このとき、ケストナーは29歳だった)。
舞台は1920年代初頭のドイツ(日本で言えば大正時代)で、主人公は実家学校に通う子ども、ティッシュバイン・エーミール。
田舎町ノイシュタットの母子家庭で育ったエーミールは、学校の長期休暇を利用して、お母さんの妹が暮らす大都会ベルリンまで旅に出かける。
お母さんからは、おばさんと一緒に暮らしているおばあさんへ渡す仕送りのお金も預かってきた。
ところが、移動中の列車で道連れになった男に、エーミールは大切なお金を盗まれてしまう。
エーミールは、男を見つけだして、尾行するところまで成功する。
見知らぬ大都会で、さて、どうしようかと案じているところに、同世代の少年たちが現れて、泥棒をつかまえるのに協力してくれるという。
仲間の数はあっという間に増えて、少年たちは、たちまち役割分担を決めて、リーダーの指示に従って、犯人の尾行作戦を開始した。
犯人の宿泊場所のホテルを監視している一晩の間に、噂を聞きつけた子どもたちが集まって、その数は百人を超えているようだった。
「ちょっと待った! よく聞け!」教授がどなった。「あいつをとり巻くんだ。うしろにも子供、前にも子供、左にも子供、右にも子供だ! わかったか? それから先の指令はとちゅうで出す。じゃあ、出発!」(ケストナー『エーミールと探偵たち』)
こうして、エーミールと百人の探偵たちは、取り囲むようにして犯人の男を追いつめていくが、追い込まれた犯人が取った驚きの行動とは?
そして、勇敢な少年たちの行方はいかに?
本当に大切なものはお金ではないんだ
この物語で感じることは、少年たちの絆の強さである。
彼らにとっても初対面のエーミールだったが、同世代の少年が困っている様子を見て、彼らはたちまちエーミールの仲間となり、エーミールも彼らを信頼して、行動を共にする。
計算であれこれ考える大人たちと違って、子どもたちは、もっと単純に、同世代の少年たちと仲間同士になることができるのだ。
そして、仲間になった彼らの絆は非常に強い。
多少の不満があっても、決められた自分の任務(役割)を忠実にこなし、組織の一員として、組織のために行動する。
物語の終盤で、エーミールのおばあさんは、連絡係を任せられて、二日間家で電話待ちをしていた小さな少年を讃える演説をする。
これは、おそらく、作者が、この物語の中で強く伝えたかったことの一つだろう。
そして、もうひとつは、エーミールとお母さんとの絆の強さである。
五歳の時に父親と死別したエーミールは、シングルマザーであるお母さんに育てられてきた。
お母さんの苦労を知っているエーミールは、お母さんのために努めていい子であろうとする。
ベルリンで知り合った少年・通称<教授>と、エーミールはこんな会話をしている。
ふたりは、しばらくだまったまま、門のアーチの下に立っていた。もう夜だ。星がかがやいている。まるで片っぽうだけの目のような月が、高架線のむこうを見ていた。教授はせきばらいして、エーミールのほうは見ないで言った。「じゃあ、すごく愛しあってるんだね」「すっごくね」エーミールはこたえた。(ケストナー『エーミールと探偵たち』)
愛し合っているのは、もちろん、エーミールとお母さんで、都会の少年<教授>は、そんなエーミールの家庭を、とてもうらやましいもののように感じている。
本当に大切なものはお金ではないんだということを、このとき、教授も考えていたのかもしれない。
書名:エーミールと探偵たち
著者:エーリヒ・ケストナー
訳者:池田香代子
発行:2000/6/16
出版社:岩波少年文庫