読書

浜なつ子「イギリス文学散歩」作家と作品の根っこを垣間見る紀行文集

浜なつ子「イギリス文学散歩」あらすじと感想と考察

浜なつ子「イギリス文学散歩」読了。

本作「イギリス文学散歩」は、1997年(平成9年)10月に小学館から刊行された紀行エッセイ集である。

ショトルシリーズで一冊で、写真は和田久士。

イギリスでは有名な作家の生家が保存されている

本作「イギリス文学散歩」は、イギリス名作文学の入門ガイドとして最適である。

本来のテーマは、名作の舞台を訪ねるというものなのだが、併せて、イギリスを代表する作家や作品の紹介も含まれているので、実際に作品を読んでいない人も、本作を取っ掛かりとしてイギリス文学の世界に入門することができる。

ひとつひとつの記事は決して深くはないが、平易かつ簡潔な文章でまとめられているので分かりやすいし、何より、たくさんの写真付きで作品の舞台を紹介されると、作家に対する理解が一気に深まるような気がする。

作家の生家を訪ねることは、文学散歩の楽しみのひとつ。生家を知ることによって、その作家と作品の根っこを垣間見ることができる。(浜なつ子「イギリス文学散歩」)

文学散歩の意義は、作家と作品に対する理解を深めることだが、文学散歩から始まる読書があってもいいかもしれない。

例えば、『チャタレイ夫人の恋人』で知られるD.H.ロマンスは、ノッティンガム近郊の町イーストウッド出身である。

階級社会のイギリスでは、ほとんどの作家は裕福な家庭に生まれている。ところがロレンスは炭坑夫の息子なのだ。(浜なつ子「イギリス文学散歩」)

かつての炭坑町に残るロレンスの生家は、「狭い造りで庭もない」「日本で言えば長屋のイメージ」だ。

労働者階級の家に生まれたという出自が、何の縛りも気取りも必要なく、ロレンスに『チャタレイ夫人の恋人』を書かせたのだろうと、著者は考察している。

人気作家・ジェイン・オースティンが作品を執筆したチョートン・コティッジは、現在「ジェイン・オースティンズ・ハウス」として一般公開されている。

ジェイン・オースティンズ・ハウスは、南イングランドのチョートンという何の変哲もない小さな村にある。驚いたのは、この記念館には絶え間なく見物客がやって来ることだ。(浜なつ子「イギリス文学散歩」)

女性が小説を書くことなどできなかった時代、オースティンは、この家で、家族以外の者には知られることなく六つの小説を書いた。

それにしても、イギリスでは、有名な作家の生家や暮らした家が、ちゃんと保存されているから驚く。

日本では最も有名な文豪・夏目漱石の住宅さえ遺されていないのだが。

イギリスの田舎町にある作家の故郷

「文豪の生誕地としては、おそらく世界中で最も観光客を集めている」とあるのは、ロンドンから北西へ160キロの田舎町、ストラッドフォード・アポン・エイヴォンである。

昼はシェイクスピアの生家や妻アン・ハサウェーの実家を訪れ、夜はエイヴォン川沿いに建つロイヤル・シェイクスピア劇場で芝居を観る、といった楽しみは世界中でここだけのもの。(浜なつ子「イギリス文学散歩」)

イギリスの田舎町の人たちだって、別に観光名所を作ろうと思って、作家の生家を残しておいたわけではないだろう。

作家に対するリスペクトが、関連施設の保存へと動かしたのだ(偉大なプロ野球選手の永久欠番のように)。

日本では、観光客が集まらないものに金をかけたりしない。

文学に対するリスペクトなんて、最初からなかったというだけのことなのだろう。

人気の女流作家ヴァージニア・ウルフが執筆活動を行った住宅は、イースト・サセックス州の小さな村ロドメルにあって、現在は「モンクス・ハウス」という記念館になっている。

ロドメルは戸数が数えられるくらいの小さな村で、店らしきものはパブが一軒あるきり。手入れのいき届いた庭々を左右に見ながら歩いて行くと、白いペイントのほどこされた木造の家がある。(浜なつ子「イギリス文学散歩」)

観光地でも何でもない小さな田舎村に、有名な作家の家がある。

ヴァージニア・ウルフの愛読者は、彼女のモンクス・ハウスを見学するためだけに、この小さな田舎村を訪れるのだ。

ヴァージニア・ウルフが、その村で過ごさなかったら、生涯訪ねることもなかっただろう、小さな村を。

文学散歩の楽しみは、案外、そんなところにあるのではないだろうか。

すごく面白い本だけれど、日本の作家でこういう本を作るのは、もしかすると難しいかもしれない。

作家の暮らした古い家を保存するという発想が、日本人には備わっていなかったから。

そこに、イギリス文学と日本文学との根本的な違いがあるような気がする。

書名:イギリス文学散歩
著者:(写真)和田久士、(文)浜なつ子
発行:1997/10/10
出版社:小学館ショトルミュージアム

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。