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D・レーヴィット「ファミリー・ダンシング」すれ違っている家族の絆

D・レーヴィット「ファミリー・ダンシング」あらすじと感想と考察

デイヴィッド・レーヴィット「ファミリー・ダンシング」読了。

本作「ファミリー・ダンシング」は、1984年(昭和59年)にクノッフ社から刊行された作品集『ファミリー・ダンシング』に収録された短篇小説である。

この年、著者は23歳だった。

原題は「Family Dancing」。

日本では、1988年(昭和63年)に井上一馬の翻訳で、河出書房新社から刊行されている。

母親と娘との対立の物語

舞台は、ささやかなファミリーパーティー。

テーマは、<スーザン>の息子<セス>のプレップスクール卒業のお祝いと、もうひとつ、スーザン自身の新しい人生の門出──不動産業を営む<ブルース>との結婚のお祝いである。

パーティーには、たくさんの人たちがやってきた。

近所のお金持ち、スーザンの母親や親戚たち、スーザンの前夫<ハーブ>と新しい恋人<ミリエル>、そして、ブルースの子どもたち<リンダ>と<サム>と、スーザンの子どもたち<リネット>とパートナー<ジョン>、もちろん、主役の<セス>も。

物語は、はじめ、スーザンの視点から描かれている。

父親ハーブと強い絆を築きながら、母親スーザンを受け入れることのなかった娘リネットのこと。

「お前はパパの最良のパートナーだよ」と、ブランコを押しながら、父親はよくいったものだった。「最良の? ママよりも?」とそのたびに彼女はきき返した。父親の答はいつも同じだった。「そうだ、ママよりもだ。いつか星空の下でいっしょにダンスを踊ろうな」(D・レーヴィット「ファミリー・ダンシング」訳・井上一馬)

対抗するようにスーザンは、息子セスと強い絆を築いたが、学習障害だったセスは、ハーブの方針で全寮制の寄宿学校へ入学させられてしまう。

そのため、弁護士だったハーブが、同じ事務所の女性弁護士と愛人関係になって、家を出て行ったとき、スーザンはまったくの一人ぼっちだった。

ブルースと出会ったのは、うつ病の集団療法の教室である。

何の前触れもなく子どもたちとともに、妻に置き去りにされたブルースと、スーザンは意気投合してたちまち再婚してしまったのだ。

幸せな暮らし。

しかし、賑やかなパーティーの中、スーザンが決して幸福ではないことを、娘のリネットだけが見抜いている。

母親と自分が同じことを考えているのをリネットは知っている。(ブルースにくらべると)ハーブはなんとハンサムで、頼りがいがあって、頭がいいのだろう。ふたりともそう考えているのだ。ただひとつちがうのは、母親のスーザンが後悔に身のすくむ思いでそう考えているのに対して、リネットのほうは、作り笑いを浮かべて、勝利の味をかみしめながら同じことを考えているということだった。(D・レーヴィット「ファミリー・ダンシング」訳・井上一馬)

要するに、本作「ファミリー・ダンシング」は、母親と娘との対立の物語である。

そして、母親の孤独は娘の孤独を浮き上がらせると同時に、娘の孤独が母親の孤独を浮かび上がらせる、そんな構図となっている。

それは、もちろん、二人が正真正銘の家族だからに他ならない。

突き詰めていくと、この作品は、家族の孤独の物語ということになるのかもしれない。

繋がっているようで少しずつすれ違っている家族の絆

物語のクライマックスで、パーティーの参加者たちは、家族にダンスをするようけしかける。

悪酔いしたスーザンは、既に前夫ハーブに踊りを強いていたし、ハーブもスーザンとチークダンスを踊るよりは、家族みんなで踊った方がマシだと考えたのだ(なにしろハーブは頭がいい)。

こうして、ハーブとスーザンとセスと、そしてリネットが、踊りの輪の中に入っていくが、リネットだけは、踊りに加わることを強く拒絶する。

輪のなかは、アルコールと香水のにおいで湿っている。家族は、何重にも腕を組んで、頭をぶつけ合いよろめき合いながら踊った。危うくバランスを失いかけることも何度となくあった。「愛してるわ」というスーザンの声がどこからか聞こえ、誰かの口がリネットの髪に押しつけられた。(D・レーヴィット「ファミリー・ダンシング」訳・井上一馬)

踊りの輪は、かつて家族だったものの残骸である。

二度と取り戻すことのできない輪の中で、リネットは泣いた。

そこに、家族の孤独がある。

父親が孤独であり、母親が孤独であることによって、リネットもまた孤独にならざるを得なかったのだ。

それにしても、何と込み入った物語だろう。

短篇小説の中に、たくさんの葛藤が、これ以上ないというくらいに盛り込まれている。

スーザンは前夫に未練があり、サスは学習障害で、リネットは肥満、パートナーのジョンはゲイだ。

家族というものが、こんなにも大変な存在だったということに、今さらながら驚かされる。

繋がっているようで、実際には少しずつすれ違っている家族の絆。

それが、本作「ファミリー・ダンシング」のテーマだ。

物語の最後でリネットは、最愛の父がブランコを押してくれた子どもの頃のことを思い出す。

父親がブランコを高く振るほど、父親の力が自分の肥満を否定しているように、彼女には思われた。

「パパ、止めて!」ブランコが上にあがったときに、彼女は叫んだ。「止めて、早く止めて、恐いわ」彼女は、口を開けたまま、両手で鉄の鎖にしがみついていた。(D・レーヴィット「ファミリー・ダンシング」訳・井上一馬)

彼女が恐れていたものは、父親の愛だ。

ブランコが一番高く上がったところで、不意に消えてしまうかもしれない父親の愛。

踊りの輪の中でリネットは、あの頃と同じような孤独に包まれて泣いていたのである。

作品名:ファミリー・ダンシング
著者:デイヴィッド・レーヴィット
訳者:井上一馬
作品名:ファミリー・ダンシング
発行:1988/2/29
出版社:河出書房新社

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。メルカリ中毒、ブックオク依存症。チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。札幌在住。