1982年(昭和57年)、それは、オシャレ洋楽「AOR」が、青春のサウンドトラックだった時代だ。
映画『波の数だけ抱きしめて』には、永遠の「1982年の夏」が絵描かれている。
それは、音楽が日常生活と切り離すことのできないライフ・ツールとなった時代でもあった。
『波の数だけ抱きしめて』オリジナル・サウンドトラック
映画『波の数だけ抱きしめて』(1991)には、2種類のオリジナル・サウンドトラックCDがある。
1991年(平成3年)に発売されたサウンドトラック『波の数だけ抱きしめて』と、2010年(平成22年)に発売された『波の数だけ抱きしめて Kiwi FM オリジナル・サウンドトラック(コンプリート版)』のふたつだ。
この2種類のサントラでは収録曲が異なっている。
『波の数だけ抱きしめて』(1991)には、映画で使われている10曲の洋楽がフィーチャーされている(これがオリジナル・バージョン)。
J.D.サウザー / ユア・オンリー・ロンリー
TOTO / ロザーナ
バーティ・ヒギンズ / キー・ラーゴ
ネッド・ドヒニー / 愛を求めて
ジョージ・デューク / シャイン・オン
ジェームズ・テイラー & J.D.サウザー / 憶い出の町
シェリル・リン / イン・ザ・ナイト
カーラ・ボノフ / パーソナリィ
ラリー・リー / ロンリー・フリーウェイ
バーティ・ヒギンズ / カサブランカ
『波の数だけ抱きしめて オリジナル・サウンドトラック』(1991)
これに対し、『波の数だけ抱きしめて(コンプリート版)』(2010)は、オリジナル版よりも収録曲が増えている(ジングルのほか、ジョン・オバニオンとカラパナが追加された)。
FM 76.3MHz Kiwi ジングル #1
バーティ・ヒギンズ / キー・ラーゴ~遙かなる青い海
ネッド・ドヒニー / 愛を求めて
カーラ・ボノフ / パーソナリィ
ジョン・オバニオン / 僕のラヴ・ソング
ラリー・リー / ロンリー・フリーウェイ
バーティ・ヒギンズ / カサブランカ
J.D.サウザー / ユア・オンリー・ロンリー
カラパナ / ワイキキの熱い砂
シェリル・リン / イン・ザ・ナイト
カラパナ / 虹を追う男
ジョージ・デューク / シャイン・オン
ジェームズ・テイラー & J.D.サウザー / 憶い出の町
TOTO / ロザーナ
FM 76.3MHz Kiwi ジングル #2
『波の数だけ抱きしめて Kiwi FM オリジナル・サウンドトラック(コンプリート版)』(2010年)
2010年(平成22年)は、映画『波の数だけ抱きしめて』が初めてDVD化された年で、DVDに合わせる形で再リリースされたのが、『波の数だけ抱きしめて(コンプリート版)』だった。
ところで、同じく2010年(平成22年)、映画『波の数だけ抱きしめて』に関連して、もうひとつ、サウンドトラックと呼んでいいCDが発売されている。
それが『Summer of 1982 ~Kiwi FM プレイリスト』(2010)だ。
『Summer of 1982 ~Kiwi FM プレイリスト』は、正式な意味でオリジナル・サウンドトラックではない。
『Summer of 1982 ~Kiwi FM プレイリスト』は、映画『波の数だけ抱きしめて』の世界観を実現するプレイリストだった。
つまり、映画に登場するミニFM「Kiwi FM」から流れてくるだろう洋楽のプレイリストが、ここに再現されているわけだ。
収録曲は、たっぷりと42曲(うちジングル6曲を含む)のCD2枚組。
DESC1は、ノリのいい「DAY LIGHT」ディスクだ。
(ディスク1 / DAY LIGHT)
FM 76.3 MHz Kiwi ジングル #1
ケニー・ロギンス with スティーヴ・ベリー / サンライズ・パーティー
カラパナ / ホワット・ドゥ・アイ・ドゥ
ジョン・ヴァレンタイン / ステファニー
リトル・リバー・バンド / リミニッシング(追憶の甘い日々)
ランディ・ヴァンウォーマー / アメリカン・モーニング
デイヴ・メイスン / 理由なき別離
FM 76.3 MHz Kiwi ジングル #1 (アカペラ)
エモーションズ / ベスト・オブ・マイ・ラヴ
サンタナ / ホールド・オン
ルバート・ホームズ / エスケイプ
アレサ・フランクリン / ホワット・ア・フール・ビリーヴズ
ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース / ビリーヴ・イン・ラヴ
TOTO / 99
FM 76.3 MHz Kiwi ジングル #3
エア・サプライ / ロスト・イン・ラヴ
ジミー・ウェッブ / エンジェル・ハート
ポール・デイヴィス / ドゥ・ユー・ビリーヴ・イン・ラヴ
クリストファー・クロス / セイリング
ジミー・メッシーナ / シーイング・ユー
アンブロージア / ビゲスト・パート・オブ・ミー
『Summer of 1982 ~Kiwi FM プレイリスト』(2010)
FM Kiwiのジングルが挿入されているので(波の音も)、「FM Kiwi」を聴きながら朝の海岸線をドライブしているかのような気持ちになることができる。
グッ・モーニン! 時計の針は午前七時を廻りました。こちらはKiwi FM。サーフ・ショップ「サンデー・ビーチ」のスタジオから、周波数76.3MHzでお送りしています。(『Summer of 1982 ~Kiwi FM プレイリスト』)
ライナーノーツには、「サンデー・ビーチ」のスタジオにいるDJ(中山美穂)の声が再現されている。
とことん、FMラジオの世界を楽しもうという、コンピレーション・アルバムなのだ。
Kiwi天気予報です。今日の湘南地方は、晴れ。ところによって時々曇り。夕方はにわか雨があるかもしれませんが、ドライヴやサーフィンにはうってつけの一日になりそうです。前線の南下によって波はオフショア。午後は遅くなると南西の風が強くなってきますから、それまでにサーフしておきましょう。予想最高気温は31度です。(『Summer of 1982 ~Kiwi FM プレイリスト』)
ミニFM「FM Kiwi」は、湘南地方のサーファーに向けた放送局だった。
モデルになっているのは、1983年(昭和58年)に開設する湘南のミニFM「FM Banana」である。
すっかり陽も高くなって、ジリジリと砂浜を照りつけています。女性はもちろん、男性も肌の焼き過ぎにご用心。せめて音楽はベイエリアっぽく、爽やかなロックで軽快に飛ばしましょう。(『Summer of 1982 ~Kiwi FM プレイリスト』)
TOTO、シェリル・リン、カラパナ、カーラ・ボノフ、ネッド・ドヒニー。
爽やかなロックが、つまり、彼らのサウンドトラックだった。
だけど、映画の中に流れる音楽は、必ずしも、こういった動きに左右されて選ばれているわけではない。もちろん、TOTOの「ロザーナ」のように、当時を華やかに賑わした曲もあるし、いずれも、当時のFMラジオから頻繁に流れ、それにまつわるいろんな想い出を引き出してくれるものばかりだが、むしろ、そういった情報にふりまわされないで、日常生活の中で、ぼくたちが音楽とどうやって付き合っていたか、そこに重きをおいたような選曲でもある。(「天辰保文「1982年の洋楽」/映画『波の数だけ抱きしめて』公式パンフレット」)
それは、懐かしいだけのメロディではない。
時代の洗練を受けた大人の音楽は、時代を超えて聴き継がれていく。
DISC2は、しっとりとした「TWILIGHT」だ。
(ディスク2)
FM 76.3 MHz Kiwi ジングル #1
セシリオ&カボノ / ハヴ・ユー・エヴァー・ハッド・ザット・フィーリン
カーラ・ボノフ / 涙に染めて
ジャーニー / ドント・ストップ・ビリーヴィン
ポインター・シスターズ / スロー・ハンド
スモーキー・ロビンソン / ビーイング・ウィズ・ユー
ボビー・コールドウェル / 風のシルエット
FM 76.3 MHz Kiwi ジングル #2
ナイトフライト / イフ・ユー・ウォント・イット
ヴァレリー・カーター / ブルー・サイド
シルヴァー / ミュージシャン
トビー・ボー / 愛をうけとめて
レイ・パーカーJr&レィディオ / プリーズ Mr.DJ
ドクター・フック / セクシー・アイズ
FM 76.3 MHz Kiwi ジングル #1 (アカペラ)
シェリル・リン / ガット・トゥ・ビー・リアル
J.ガイルズ・バンド / 堕ちた天使
ダリル・ホール&ジョン・オーツ / プライベート・アイズ
アース・ウインド&ファイアー / セプテンバー
ボブ・スキャッグス / ウィアー・オール・アローン
ネッド・ドヒニー/ ヴァレンタイン
『Summer of 1982 ~Kiwi FM プレイリスト』(2010)
1982年(昭和57年)のFMラジオから流れていた、オシャレ洋楽の世界が、そこにはある。
それは「AOR」と呼ばれるオシャレ洋楽が、青春のサウンドトラックという時代だった。
収録曲の解説は、あくまでも「FM Kiwi」のDJ(真理子)風に綴られている。
お次は、到着したばかりの最新シングルをご紹介。サンタナといえば、あのウッドストック・フェスティバルにも出演したラテン・ロックの代表的グループですね。ここ数年はちょっぴり低迷してましたが、去年『ジーバップ』で見事に復活しています。そして間もなく発売されるニュー・アルバム『シャンゴ』からの先行シングルが、この「ホールド・オン」です。アメリカのチャート誌ビルボードでも赤丸急上昇中。サンタナにしてはビックリするほどポップです。(『Summer of 1982 ~Kiwi FM プレイリスト』)
サンタナ「ホールド・オン」は1982年(昭和57年)発売だから、まさに、中山美穂と織田裕二が、「FM Kiwi」に青春を賭けていた時代である。
1982年(昭和57年)、湘南のラジオ局、爽やかなAOR。
今となっては、すべてが夢だったのかもしれない。
80年代初頭を生きる若者たちの一瞬を「夢」を描いた物語が、つまり、『波の数だけ抱きしめて』という映画だったのだ。
「1982年の夏」という永遠の夏
『波の数だけ抱きしめて』は、FMラジオの世界を描いた映画である。
映画『波の数だけ抱きしめて』は、これまで誰もとりあげなかった、この「生活を音楽で満たす」という遊びを真正面から描いた、新しい形の青春映画である。(映画『波の数だけ抱きしめて』公式パンフレット」)
DAT、シンセ、CDウォークマン、サンプリング・マシン、ミュージック・ビデオ、ライブ・ハウス、民間FM放送局。
80年代に入り、音楽は、生活と切り離すことのできないライフ・ツールとなっていた。
タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE.」の源流が、そこにはある。
80年代最大の音楽革命と言われるMTVは、81年設立。82年になると、チャートに上るヒット曲の大半にビデオクリップが付くようになる。日本でのMTVの放送は83年からだが、この当時は、土曜夜のテレ朝「ベスト・ヒットUSA」が人気で、この番組を通じて、東京の若者は、オリビア・ニュートン・ジョンの「フィジカル」や、Jガイルズ・バンドの「センターフォールド」などの映像に触れ、ビデオ・クリップなるものの存在を知る。(ホリチョイ・プロダクションズ「1982年図鑑」/映画『波の数だけ抱きしめて』公式パンフレット」)
多くの若者たちは、FMラジオから流れてくる音楽で、流行を知った。
「波」はサーフィンの波であり、ラジオの周波数を意味する「WAVE」でもある。
当時は全米でラジオ局の数、およそ9000。AMとFMの比率が半々。中でもFM曲のほとんどが音楽専門局で、24時間休みなく音楽を流し続けている。各局が自分の音楽分野を決めていて、A局はハード・ロック、B局はトップ40、そしてC局に合わせればいつでもAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)が聴ける……。それもほとんどが生放送! こんな、音楽好きにとっては夢のパラダイスのような国がアメリカなのだった。(櫻井隆章「1982年のFM局」/映画『波の数だけ抱きしめて』公式パンフレット」)
自分たちだけの番組を、湘南一帯へ届けようと、彼らの夏休みプロジェクトが動き出した。
恋と海と音楽の夏の始まりだった。
映画『波の数だけ抱きしめて』は、大学生を主人公とした、夏休みの成長物語である。
夏は、若者たちに勇気を与えてくれる季節だ。
短い夏、松田聖子は「夜のヒットスタジオ」で「小麦色のマーメイド」を艶っぽく唄い、J-WAVEのない頃、FENは連日のようにサバイバーの「アイ・オブ・ザ・タイガー」を流していた。(泉麻人「1982年、夏」/映画『波の数だけ抱きしめて』公式パンフレット」)
時は、1982年(昭和57年)夏。
舞台は、湘南のビーチだった。
街には、頂点を過ぎたレイヤード・カットの娘たちが、エンゼルスフライトのフレアーパンツにサンローランのウェッジ(ソールシューズ)で行き交い、男のほうはマジアかフレッドペリーのポロシャツ(襟は立っていない)にファーラーのホップザックという、イタカジとDCが力を出す前の、まあ何となく “迷いのあるニュートラ” という服装であった。(泉麻人「1982年、夏」/映画『波の数だけ抱きしめて』公式パンフレット」)
70年代後半に根づいたファッションとしてのサーファー文化が「丘サーファー」を量産し、海を訪れる若者たちも、もはや裸(水着)にはならなくなっていた。
ルート134沿いのレストランから海(相模湾)を眺める湘南デートは、この時代に定着したと言われている。
ラコステのポロシャツをラフに着こなす小杉(織田裕二)は、「愛してる」のひと言を真理子(中山美穂)に伝えることができない(それが青春)。
小杉正明って、とにかく情けないヤツなんです。真理子が他の男とデートしているのを尾行しちゃったり(笑)。ちょっとひねくれたところもあるんだけど、失恋しながら成長していく男だから、すれ違いの恋心が観ていると結構微笑ましいんじゃないかな。(織田裕二 / 映画『波の数だけ抱きしめて』公式パンフレット」)
映画は、1991年(平成3年)11月、31歳になった真理子の結婚式のシーンから始まるが、彼らにとって1982年(昭和57年)の夏は、他のどの夏とも違う夏だったはずだ。
なぜなら、82年の夏は、4人の若者たちが同時に、同じ一つの「夢」を見ていた夏だったのだから。
そんな彼らの大学時代のひと夏の夢と恋が、日本のウエストコースト、湘南の潮風と波を舞台に、心地よいユーミン・サウンドに乗せて描かれる。タイトルの「波の数だけ……」は、湘南の波を表すと同時に、ラジオの周波数を意味している。(映画『波の数だけ抱きしめて』公式パンフレット」)
冒頭の結婚式で、真理子(中山美穂)の結婚相手を演じたのは、湘南サウンド・ブレッド&バターの弟(岩沢二弓)。
同じくブレバタの兄(岩沢幸矢)は、教会の神父役を演じている。
当時、ブレッド&バターは、湘南ブランド「SEILALIES」イメージソング『君がいた夏(セイラリエス)』を歌っていた頃だ。
そして、ブレッド&バターの仲間とも言うべき松任谷由実が、本作『波の数だけ抱きしめて』の音楽を担当している。
メインテーマは「心ほどいて」(アルバム『LOVE WARS』収録)。
そしてヴェールをあげて 彼と向かいあうとき
あなたが遅れて席につくのがわかった
密やかなぬくもりも 燃えつきたあの約束も
カテドラルから 高い窓から空へ逃がすの
学生時代のまま 時が止まっていたね
さよならを込めて 横を通り過ぎるまで
彼と寄りそいゆくわ ずっと大切に思うわ
いつかあなたに いつか自分に誇れるように
(松任谷由実「心ほどいて」)
ホリチョイ・ムービーの青春三部作は、『私をスキーに連れてって』(1987)、『彼女が水着にきがえたら』(1989)に続く、本作『波の数だけ抱きしめて』(1991)で完結した。
もちろん、青春の思い出に完結はない。
青春の思い出は、いつでも、胸の中で生き続けていくものだからだ。
『Summer of 1982 ~Kiwi FM プレイリスト』には、1982年(昭和57年)の夏がある。
1982年当時の僕はまだ14歳だったので、洋楽でパッと頭に浮かぶのはTOTOの『ロザーナ』かな。ちょうどFMを聞き始めた頃で、深夜放送なんかよく聞いていました。(織田裕二 / 映画『波の数だけ抱きしめて』公式パンフレット」)
織田裕二が語る82年の思い出は、すべての織田裕二世代に共通する体験だったかもしれない。
オシャレ雑誌『ポパイ』で覚えた、アメリカの大学のロゴをプリントしたトレーナー・シャツとフリスビー。
オシャレな洋楽(AOR)とともに、当時の青春カルチャーは、少年たちの憧れでもあったのだ。