庄野潤三「湖上の橋」読了。
「湖上の橋」は、「文学会」昭和43年9月号に発表された短篇小説である。
作品集では『小えびの群れ』(1970年、新潮社)に収録された。
本作「湖上の橋」は、オハイオ州ガンビア滞在中に、遠距離バスでアメリカ南部を旅行した際の体験を元にした作品で、「南部の旅」「静かな町」に続く<アメリカ長距離バスの旅三部作>の完結編となっている。
物語は「私たちはナチェッツの町に一晩泊っただけで名残惜しい気持でここを去った」という一文から始まる。
ナチェッツからニュー・オーリンズへ向かう道で、庄野さんは「木の枝という枝からひげ根みたいなのがぶら下っている」風景に関心を寄せていて、「この灰色の、とろろ昆布みたいなものは、ちょっと滑稽味のある眺めである。それは、ミシシッピー州からルイジアナ州へ入ってからも、ずっと道の両側の木に見られた」と綴られている(あとで、この植物は「スペイン苔」と呼ばれていることが分かった)。
ニュー・オーリンズでバスから降りた瞬間、庄野夫妻は警察官から「何のためにアメリカに来たか、何をしているか、何時までいるか」といった職務質問を受け、二人は(特に庄野夫人)の疑惑を解くことに必死にならなければならなかった。
さらに、予約していた「セント・チャールス・ホテル」は、大きいだけで、ナチェッツで泊まったイオナ・ホテルのような趣は少しもなく、それでいて値段は高いので、「ニュー・オーリンズでの滞在は幸先がよくない」。
夕食後に散策をしているところで二人は、アメリカ人の子供連れの二つの家族が、案内役の小柄で上品な紳士から説明を聞いているところに遭遇し、一緒に州立博物館カピルドを見学するというのが、最初の大きなエピソードである。
翌日、二人はニュー・オーリンズの町を見学する。
「二人の姉妹の庭」でコーヒーを飲み、ブルボン通りにある「トミイ」という店でスパゲッティを注文し、ミシシッピー河口を一周する遊覧船に乗るが、特別の感慨もなかったようで、二人は、もう一泊の予定を繰り上げて、明朝出発に予定を変更した。
夕食後、夫人が「ジャズを聴きたい」の言うので、二人はディキシーランド・ジャズを演奏している店へ入ってビールを飲む。
そのうち、金髪の、卵がたの顔の女が入って来た。ジャズの愛好家という風にも見えない。まわりに関心が無くて、自分の物思いにふけっているというのでもなく、ただ、ぼんやりと無感動な様子でそこに腰かけている。女はブラック・アンド・ホワイトを注文した。(庄野潤三「湖上の橋」)
ニュー・オーリンズからバーミンガムへとバスは走る
翌日、早朝のバーミンガム行きのバスに乗って、二人はニュー・オーリンズの町を離れた。
ニュー・オーリンズはまだ真暗。市街の外れをバスが走る時、古風な建物の住宅がずっと並んでいるのが見えた。昼間見ると、なかなかきれいなところだろう。夜が明けてから、広大な洲の中を走った。魚釣りのボートがいる。葦のようなものが沖の方まで生えている。そこをかなり長い間走ると、細い橋が水の上をはるか彼方まで続いている。右も左も水である。(庄野潤三「湖上の橋」)
橋を渡る時、メキシコ湾だと思ったところは、後で地図を確認するとポンチャートレイン湖の端の部分だったのだが、この時、湖を超える橋が庄野さんの印象に強く残ったらしい。
橋についての描写が続き、作品の題名も「湖上の橋」になった。
やがて、ニュー・オーリンズを出発した長距離バスは、夕方、バーミンガムに到着。
チャタヌガで一泊してから帰るつもりだったところを変更して、ルイスヴィル行きのバスに乗る。
バスはハンツヴィルのカフェテリアで三十分止まった。
がらんとした店内で、二人は夕食を食べた。
書名:小えびの群れ
著者:庄野潤三
発行:1970/10/20
出版社:新潮社