疲れたときには古い雑誌がいい。
古い雑誌を読めば、0.1秒で古い時代へ旅することができる。
雑誌のバックナンバーは、タイム・トンネルの入り口みたいなものだから。
山本容子の描いた「つぐみ」と牧瀬里穂
本棚のひとつを古い雑誌が占めている。
『ポパイ』や『ブルータス』『ビーパル』などの男性向け情報誌と並んで、『アンアン』や『ノンノ』『クラッシィ』などの女性向け情報誌がある。
とりわけ知的教養を満たしてくれる雑誌が『マリ・クレール』だった。
80年代後半の『マリ・クレール』には、村上春樹の翻訳したレイモンド・カーヴァーや、吉本ばななの連載小説『TUGUMI(つぐみ)』が掲載されていて、とにかく文学好きには満足度の高い雑誌だった。
『マリ・クレール』1989年4月号には、吉本ばなな『つぐみ』の最終回が掲載されている(「つぐみからの手紙」)。
山本容子のイラストが添えられた『つぐみ』は、もちろん大人気の連載小説だった。
1990年に市川準監督で『つぐみ』が映画化されたとき、主演の牧瀬里穂は、山本容子の描いた「つぐみ」に何となく似ていた。
あの「つぐみ」を演じる牧瀬里穂もすごいけれど、山本容子のイラストもやっぱりすごいと思った。
山本容子のイラストは、単行本にも文庫本にもない、『マリ・クレール』だけの贅沢なおまけだったのだ。
高橋源一郎・吉本ばなな・竹野雅人
今月の大特集として『快楽としてのディアローグ』が掲載されている。
文学は「高橋源一郎・吉本ばなな」、映画は「武満徹・蓮實重彦」、思想「網野善彦・中沢新一」で、こういう企画を読んでいると、この雑誌が『マリ・クレール』だったなんていうことは、すっかり忘れてしまう。
高橋源一郎(38)は、吉本ばなな(25)がすごいと、無暗に褒めていた。
なにしろ、高橋源一郎がデビュー以来の八年間で出版した本が四冊なのに対し、吉本ばななは一年間で三冊の本を出していたのだから(『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』『哀しい予感』)。
『マリ・クレール』に連載中の『TUGUMI』が完結し、間もなく4冊目の単行本が発売されようとしている吉本ばななは、確かに飛ぶ鳥を落とす勢いの人気作家だった。
二人は、吉本ばななと同世代の作家・竹野雅人がいいと言って盛り上がっている。
「山田さん日記」、確かにあれは良い小説だった。
その後、続けることができなくて、竹野雅人は90年代のうちに姿を消してしまったけれど。
半分がカルチャー記事のファッション誌
モードなファッション写真の間に、知的な話題が次々に顔を出す。
海野弘は『プルーストの部屋』で『失われた時を求めて』を語り、荒俣宏は『美人の恥しい姿』と題して、古い絵葉書コレクションを紹介している。
明治時代の美人絵葉書が1989年の(平成元年の)『マリ・クレール』で熱く語られていたことなんて、きっとみんな忘れているんだろうな。
筒井康隆は『幾たびもDIARY』で、1989年12月の日記を綴っている。
午後『ビッグコミックスピリッツ誌』に『キスより簡単』を描いた漫画家の石坂啓さんが来宅。(略)『キスより簡単』が若松孝二監督で映画化され、『大いなる助走』と同時に封切られるので、対談をするという企画。(筒井康隆「幾たびもDIARY」)
『キスより簡単』が映画化されていたことなんて、この雑誌を読むまで、僕はすっかりと忘れていた。
武田百合子も『日日雑記』というエッセイで、松本清張映画を観てきたことを綴っている。
池袋の文芸坐地下劇場では「推理映画シリーズ 松本清張大会」を十五日間興行で開催していたらしい。
池澤夏樹の書評や唐十郎のインタビューがあり、尾辻克彦のエッセイには赤瀬川源平の挿し絵が添えられている。
半分がファッション記事で、半分がカルチャー記事。
それが、1989年の『マリ・クレール』だった。
ファッションとカルチャーが同列に語られる時代
それにしても、この知的な雑誌を、いったい誰が読むのだろうかと思っていたら、巻末に「マリ・クレール通信」という読者のお便りコーナーがあった。
京都市の28歳主婦は、海野弘の新連載『プルースト』への期待を語り、府中市の24歳大学生は『マリ・クレール』の雑誌記事にフランスを夢見ていることを伝えている。
「コム・デ・ギャルソンの特集に感動した」という大阪府の20歳大学生や、「吉本隆明や筒井康隆の連載を心待ちにしている」という横浜市の32歳教師など、『マリ・クレール』は確かに読者のニーズに応える女性向け情報誌だったらしい。
キーワードは、つまり「知的」であることだ。
中野区の39歳自営男性が「男性雑誌に、このようなものがあったらと思います」と感想を寄せているように、『マリ・クレール』は男女の枠を超えて、十分に知的な雑誌だった。
それは「時代を超えて知的な雑誌だった」と言っていいかもしれない。
ファッションとカルチャーが同列に語られる時代。
そんな80年代が、当時の雑誌にはある。
週末のバックナンバーは、僕にとって現実逃避ではあるけれど、それは最高に知的だったあの時代への憧憬でもあるのだ。
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