夏目漱石『硝子戸の中』(新潮文庫)を読んでいると、時々出てくる俳句が気になる。
俳句好きとして有名な漱石だったから、随筆の中に俳句が登場しても、おかしいことは何もない。
むしろ、文章を読みながら、またどこかに俳句が出て来ないかしらと期待させるものが生まれてくる。
今回は、傑作『こころ』で人間の「死」と向き合った夏目漱石の随筆『硝子戸の中』を、俳句という切り口から考察してみたい。
「秋風の聞えぬ土に埋めてやりぬ」
『硝子戸の中』は、身辺雑記や生い立ちの回想などと絡めて、病後にある夏目漱石の心境が綴られた長篇随筆である。
随筆ではあるけれど、時々効果的に俳句が引用されている。
例えば、愛犬ヘクトーの最期を綴った「五」にも、その死を悼む俳句が引用されている。
車夫は筵の中にヘクトーの死骸を包んで帰って来た。私はわざとそれに近づかなかった。白木の小さい墓標を買って来さして、それへ「秋風の聞えぬ土に埋めてやりぬ」という一句を書いた。(夏目漱石「硝子戸の中」)
ヘクトーという名前については「三」に、「それはイリアッドに出てくるトロイ一の勇将の名前であった」という説明がある。
半藤一利『漱石俳句探偵帖』(文春文庫)では、飼い犬に「ヘクトー」の名前を与えた漱石の心境について、次のように推測されている。
出所は『吾輩は猫である』の「アキリスがヘクトーの死骸を引きずって、トロイの城壁を三匝したとか、燕びと張飛が長坂橋に丈八の蛇矛を横たえて……」という一文あたりを思いだしたゆえ、とみるが、トロイ戦争の勇将の名を雑種の子犬につけるところから観ずると、漱石は猫よりも犬の方が好きであったのか。(半藤一利「漱石俳句探偵帖」)
失踪したヘクトーが死骸となって見つかり、庭に埋めたときの作品が「秋風の聞えぬ土に埋めてやりぬ」の句である。
ヘクトーの墓は、猫の墓の隣に建てられた。
夏目鏡子・松岡譲『漱石の思い出』(文春文庫)にも、犬を埋めた話が出ている。
その後文鳥が死んでここへ埋められ、それからまた犬が死んで同じくここに葬られました。犬の墓標には「秋風の聞えぬ下に埋めてやりぬ」という句が題されておりました。(夏目鏡子・松岡譲「漱石の思い出」)
猫、犬、文鳥。
夏目家の庭には、様々な小動物の墓があった。
生活の中に「死」があったと言っていい。
彼の墓は猫の墓から東北に当って、ほぼ一間ばかり離れているが、私の書斎の、寒い日の照らない北側の縁に出て、硝子戸のうちから、霜に荒された裏庭を覗くと、二つともよく見える。もう薄黒く朽ちかけた猫のに比べると、ヘクトーのはまだ生々しく光っている。しかし間もなく二つとも同じ色に古びて、同じく人の眼につかなくなるだろう。(夏目漱石「硝子戸の中」)
新潮文庫版に収録されている石原千秋の「解説」にもあるが、本作『硝子戸の中』では「死」に対する作者の大きな関心が、ひとつの重要なテーマとなっている。
飼い犬の死の中に、漱石は自らの死をも予感していたのだろうか。
「秋風の聞えぬ土」に埋められていたのは、もしかすると、作者自身だったかもしれないのだ。
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「ある程の菊投げ入れよ棺の中」
俳句に関しては素人であった夏目漱石の俳句に「名句」は決して多くない。
漱石にとって、俳句はあくまでも余暇の趣味だったのだ。
それでも、遺された作品の中には、歳時記に引用されるような「名句」も含まれている。
『硝子戸の中』に出てくる「ある程の菊投げ入れよ棺の中」も、そうした名句の一つだろう。
楠緒さんが死んだという報知の来たのは、たしか私が胃腸病院にいる頃であった。死去の広告中に、私の名前を使って差支ないかと電話で問い合された事などもまだ覚えている。私は病院で「ある程の菊投げ入れよ棺の中」という手向の句を楠緒さんのために咏んだ。(夏目漱石「硝子戸の中」)
大塚楠緒について、新潮文庫の注釈では、次のように紹介されている。
漱石の友人で美学者の大塚保治の妻。明治八年~明治四十三年。美貌の才媛として知られ、小説『空薫』等が漱石の依頼で『朝日新聞』に掲載された。(夏目漱石「硝子戸の中」新潮文庫・注釈)
大塚楠緒の亡くなった明治43年は、漱石自身が大吐血をして、一時危篤にまで陥ったという、重大な年だった。
生と死の境界線をさまよった漱石に、自分より若い大塚楠緒の訃報は、大きなショックを与えたに違いない。
この俳句を創ったときのことは『思い出す事など』にも綴られている。
こう考えた時、余ははなはだ心細くなった。またはなはだつまらなくなった。そこでことさらに気分を易えて、この間大磯で亡くなった大塚夫人の事を思い出しながら、夫人のために手向の句を作った。有る程の菊抛げ入れよ棺の中(夏目漱石「思い出す事など」)
このとき漱石が考えていたのは、人間の「死」についてである。
「自己が自然になり済ました気分で観察したら、ただ至当の成行で、そこに喜びそこに悲しむ理窟は毫も存在していないだろう」とあるように、生死に定められた人間の運命を、漱石ははかなんでいたのではないだろうか。
大塚楠緒の死は、夏目鏡子・松岡譲『漱石の思い出』でも回想されている。
私がお宅へお悔みに上がった時には、奥さんはもうお骨になってかえっていらっしゃいましたが、お葬式の日には、私が風邪を引いていて、つい御会葬ができませんでした。「ある程の菊投げ入れよ棺の中 漱石」というのは夏目の手向けの句でございます。(夏目鏡子・松岡譲「漱石の思い出」)
避けることのできない人間の「死」ではあるけれど、それでも「生」を尊ぶ強い気持ちが「ある程の菊投げ入れよ」のフレーズから伝わってくる。
逆読みすると、それは「何が何でも生き続けなければならない」という、漱石自身の覚悟でもあったのではないだろうか。
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生き続けていく夏目漱石の物語
本作『硝子戸の中』は、生き続けていく夏目漱石の物語である。
どうかこうか生きている。――私はこの一句を久しい間使用した。(夏目漱石「硝子戸の中」)
病に身を置いたことで、漱石は「どうかこうか生きている」自分自身に気がついた。
しかし、それは、人はみな誰もが「どうかこうか生きている」ことの一例に過ぎない。
私は宅へ帰って机の前に坐って、人間の寿命は実に不思議なものだと考える。多病な私はなぜ生き残っているのだろうかと疑って見る。あの人はどういう訳で私より先に死んだのだろうかと思う。(夏目漱石「硝子戸の中」)
どれだけ健康のように思えても、人間の命ははかない。
はかないからこそ人間の命は尊いという真理が、そこにはある。
やがて、漱石の思いは「人間の運命」をも超えて「歴史の必然性」へと展開していった。
私は私の病気が継続であるという事に気がついた時、欧洲の戦争もおそらくいつの世からかの継続だろうと考えた。けれども、それがどこからどう始まって、どう曲折して行くかの問題になると全く無知識なので、継続という言葉を解しない一般の人を、私はかえって羨ましく思っている。(夏目漱石「硝子戸の中」)
人間がはかないように、世界の歴史もまたはかないものである。
人はそのことに気づきもしないで、当たり前のように現在を生きていく。
失恋の痛手を負った女性に、漱石は次のように声をかけている。
次の曲り角へ来たとき女は「先生に送っていただくのは光栄でございます」とまた云った。私は「本当に光栄と思いますか」と真面目に尋ねた。女は簡単に「思います」とはっきり答えた。私は「そんなら死なずに生きていらっしゃい」と云った。(夏目漱石「硝子戸の中」)
「そんなら死なずに生きていらっしゃい」と声を掛け続けた人生が、我々の中にもあったのではないだろうか。
死なずに生き続けていくこと。
あるいは、生きていくことの難しさを伝えたかったものが、この『硝子戸の中』という随筆だったのかもしれない。
『硝子戸の中』の次に読みたい本
夏目漱石『硝子戸の中』は、病後の生活の中で、人間の「生と死」について綴られた随筆でした。
ここでは、『硝子戸の中』の次に読みたい本をご紹介します。
夏目漱石『こころ』
ご存じ、夏目漱石の代表作『こころ』。『硝子戸の中』を読んだ後で読み返すと、人の心の弱さの意味が、さらに深く理解できるかもしれませんね。
なお、日本の近代文学のおすすめは、次の記事で紹介しています。
永井龍男『東京の横丁』
大人のための随筆をもっと読みたいという方には、永井龍男の随筆集がおすすめです。まるで短篇小説のように味わい深い随筆世界を楽しむことができますよ。
なお、大人向けエッセイのおすすめは、次の記事で紹介しています。
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