今や「日本文学」は「世界文学」として読む時代らしい。
なぜなら現在の日本文学は、イギリスやアメリカで普通に受け入れられるものとなっているからだ。
鴻巣友季子『なぜ日本文学は英米で人気があるのか』を参考に、世界文学として読むべき日本文学について考えてみたい。
英米における日本文学
『なぜ日本文学は英米で人気があるのか』によると、日本人作家の書いた小説の英語翻訳作品は、イギリスやアメリカの読者に強い人気があるという。
そう、いまイギリスではたいへんな日本文学ブームが起きているのだ。同じ英語圏のアメリカでも日本文学の人気と評価は高い。(鴻巣友季子「なぜ日本文学は英米で人気があるのか」)
近年の日本人作家が受賞または最終候補となった国際文学賞にも、多くの日本人作家の名前がずらりと並ぶ。
日本人作家の小説は、英米で多くの読者に受け容れられるとともに、専門機関からも高い評価を得ているのである。
2025年(令和7年)8月に放映された『ページターナーズ』(竹下隆一郎・三宅香帆)は、ロンドンの超巨大書店「ウォーターストーンズ書店(ピカデリー店)」からの中継で、日本人作家の人気ぶりが紹介された。
竹下隆一郎さんは、英米における日本人作家ブームに関心が高いらしく、2026年(令和8年)1月の『CROSS DIG 1on1』でも鴻巣友季子を招き、「なぜ日本文学は、英米で人気なのか?」について話を聞いている。
「Page Turners」で紹介したロンドンの書店でも柚木麻子さんの『BUTTER』や雨穴さんの『変な絵』が数多く並べられ、イギリスの業界誌「ブックセラー」が発表した“英国翻訳小説ランキング”の上位50作品のうち、23作品が日本文学でした。(『CROSS DIG 1on1』公式サイトより)
なぜ、日本人作家の小説は、今になってイギリスやアメリカで高い評価を得ているのだろうか?
著者(鴻巣友季子)は、英米における日本文学シーンにおいて、村上春樹の単勝時代が終わり、新たなフェーズに入った背景として、3つの理由があると指摘している。
1つは、ごらんのとおり女性作家の著しい躍進である。2つめに、新しい世代の翻訳家たちの台頭と影響力。3つめに、これは受け手側のことだが、若い読者層が翻訳小説を積極的に買い求め、そのマーケットを支えているという意外な背景がある。(鴻巣友季子「なぜ日本文学は英米で人気があるのか」)
これまでイギリスやアメリカには、翻訳家が育ちにくい環境があった。
なぜなら、国際的な強国であるイギリスやアメリカにとって外国の文学など、わざわざ翻訳してまで読む価値のあるものではなかったからだ。
若い翻訳家が育ち、若い読者層が外国文学に興味を持ち始めたところで、日本の優秀な女性作家たちが、次々と登場し始めた。
それでは、イギリスやアメリカでは、実際にどのような作家が人気を集めているのだろうか?
英米で人気のあるカテゴリー
『なぜ日本文学は英米で人気があるのか』によると、イギリスやアメリカで人気のある小説は、主に4つのカテゴリーに分類することができる。
好まれる要素はジャパネスク(ステレオタイプな日本の伝統文化の風味)ではなく、犯罪・ミステリー、フェミニズム、ディストピア、奇想系、そして癒し系(マジカルな猫、喫茶店、書店、図書館が題材として鉄板)の作品がよく読まれている。(鴻巣友季子「なぜ日本文学は英米で人気があるのか」)
もうひとつ、重要な要素は、女性作家の作品が圧倒的な人気を集めているということだ。
またジェンダーで言えば、いま日本の同時代作家では女性が圧倒的に強い。村田沙耶香、小川洋子、多和田葉子、柳美里、川上未映子、川上弘美、金井美恵子、市川沙央、松田青子、柚木麻子…。(鴻巣友季子「なぜ日本文学は英米で人気があるのか」)
イギリスでは「ポスト村上(春樹)」ではなく「ポスト村田(沙耶香)」を探せというのが、近年の合言葉になっているらしい。
国際文学賞で名前が挙がるのも、ほとんどが女性作家だった。
反面、男性作家では、太宰治や三島由紀夫、川端康成、松本清張など古典作家の名前が挙がる。
同時代作家でいうと、男性作家は押され気味なのだが、中村文則(『掏摸』『王国』などはミステリー小説として受容されている)、平野啓一郎、阿部和重、吉田修一、田中慎弥、又吉直樹など錚々たる作者の代表作が翻訳出版されている。(鴻巣友季子「なぜ日本文学は英米で人気があるのか」)
テーマやジャンル、時代性やジェンダーなどを整理すると、現在、イギリスやアメリカで読まれているのは、次の4つのカテゴリーということになる。
目下、日本小説で翻訳されやすいのは、犯罪・ミステリー、同時代の女性作家、古典的な男性作家、そして猫などの出てくる癒し系小説、ほぼこの4カテゴリーに限られるというのだ。(鴻巣友季子「なぜ日本文学は英米で人気があるのか」)
ポイントは、日本国内で高い評価を受けた作品だけが英米で読まれている、というわけではないということだ。
デビューしたての作家の第1作が、いきなり海外で翻訳出版されるケースさえ、現在ではあるという。
今、読むべき「日本文学」
イギリスやアメリカでブレイクしている「日本文学」は、もはや「世界文学」と言っていい。
世界文学という視点に立ったとき、今、どのような作品を、我々は読むべきなのだろうか。
柚木麻子『バター』
現在、イギリスで話題沸騰となっているのが、柚木麻子の『バター』である。
2025年6月にブックセラー誌が発表した翻訳文学トップ50のうち23作が日本語文学であり、1位と2位は柚木の『BUTTER』英訳版(2種類のバージョン)だったのだ。(鴻巣友季子「なぜ日本文学は英米で人気があるのか」)
柚木麻子の人気ぶりは「2018年ごろの村田沙耶香のブレイクを髣髴とさせる」と、著者は綴っている。
小川洋子『ミーナの行進』
ベテラン作家としては、小川洋子や川上弘美、柳美里などの名前が並ぶ。
小川は2024年に『ミーナの行進』の英訳Mina’s Matchbox(スティーヴン・スナイダー訳)が刊行されて好評を博しており、アメリカのタイム誌が選ぶ『2024年の必読書』の1冊にも選ばれた。(鴻巣友季子「なぜ日本文学は英米で人気があるのか」)
ノーベル文学賞を受賞した詩人ルイーズ・グリュックも、『ミーナの行進』を高く評価している。
川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』
川上弘美のディストピア小説『大きな鳥にさらわれないよう』も重要な作品だ。
また、2024年には川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』の英訳Under the Eye of the Big Bird(米田雅早訳)が刊行され、2025年の国際ブッカー賞の最終候補入りしたことも特筆に値するだろう。(鴻巣友季子「なぜ日本文学は英米で人気があるのか」)
SFディストピア世界は、カズオ・イシグロや村田沙耶香にも通じる、ディストピア文学のメインストリームだ。
川口俊和『コーヒーが冷めないうちに』
近年、イギリスで大ブームとなっているのが、表紙に「猫」が描かれている「ヒーリングフィクション」である(猫は内容とは関係がない)。
アメリカでは、川口俊和のサイン会でファンが泣き出すことも珍しくないという。(略)シリーズの第5作には、イギリスの有名書店の店主も「読みながら号泣した」という絶賛コメントを寄せた。(鴻巣友季子「なぜ日本文学は英米で人気があるのか」)
ヒーリングフィクションは、今や「日本文学」の「もうひとつの顔」と言ってもいいのかもしれない。
日本文学はどこへ行くのか
鴻巣友季子は、日本文学の流れを大きく二つに分けて考えている。
いまのイギリスにおける日本小説のブームには、二つの潮流があると言っていいだろう。一つはいわゆる純文学やミステリーを合わせた「文芸作品」、もう一つは「ヒーリングフィクション」として括られる癒し系の読み物だ。前者が「現実と向き合いその壁を乗り越えていく読書」なら、後者は「現実から逃避する読書」と表現できるかもしれない。(鴻巣友季子「なぜ日本文学は英米で人気があるのか」)
「純文学か、エンタメか」だけでは整理することのできない時代に、日本文学は来ているのだ。
これからの我々に必要なことは、イギリスやアメリカの若者たちと同じように、客観的な視点に立って、日本文学をとらえ直すことではないだろうか。
既存の価値観は、おそらく大きく揺らいでいくはずだ。
書名:なぜ日本文学は英米で人気があるのか
著者:鴻巣友季子
発行:2025/12/25
出版社:ハヤカワ新書
