40歳を過ぎた頃から、彼はフィルムカメラを使って写真を撮り始めた。
2000年代初頭、世の中の若い女性たちに、フィルムカメラが注目され始めた時代である。
『クウネル』とか『天然生活』といった女性向けライフスタイル情報誌を愛読していた彼は、いつの間にか、フィルムカメラという時代の波に飲み込まれてしまったらしい。
中古カメラ店やヤフオクで、彼はいろいろなフィルムカメラを集め始めたが、とりわけ、彼の愛したカメラが、オリンパスの「PEN-F」という一眼レフカメラだった。
オリンパスの「PEN」シリーズは、最も大衆的なハーフサイズカメラで、24枚撮りフィルムで48枚の写真を撮ることができるという、画期的なコスパを誇っていた。
シリーズ商品のほとんどがコンパクトカメラだった中、「PEN-F」は世界でも唯一というレンズを交換できる一眼レフスタイルのハーフサイズカメラだった。
実際に写真を撮影するために使う以上、カメラの状態は良くなければ困る。
不良品をつかまされないように注意しながら、ヤフオクで美品を探して、念願の「PEN-F」を手に入れた。
ヤフオクでちゃんとしたカメラを買うコツは、あまり安いモノを買わないことだと思う。
外観が美品であることはもちろん、ちゃんと実用に耐える品物であることを出品者に確認することも大事なポイントだ。
そのカメラを入手するのに、結局2万円程度のお金がかかってしまったけれど、古いカメラの美品(レンズ付き)を2万円で入手できると考えれば、それほど高い買い物ではない(レンズは「Fズイコーレンズ(38mm F1.8)」)。
彼が「PEN-F」を愛した理由には、その希少性ももちろんあるが、世の中の緩い雰囲気がハーフサイズカメラとマッチしていたということもあるだろう。
彼がリスペクトしている写真家の沼田元気さんが、「PEN-F」を愛用しているということも、彼には大きな魅力となっていた(沼田さんの写真に縦構図が多いのは、ハーフサイズカメラを使っているからだろう)。
週末になると、彼はPEN-Fを持って写真散歩に出かけた。
フィルム一コマに2枚の写真を写すハーフサイズカメラは、必然的に縦型の写真となる。
撮りまくっても撮りまくってもフィルムがなくならないというのは、いかにも彼の好きなストリート・スナップ向きだった(なにしろ、36枚撮りフィルムを使うと72枚も撮影できるのだ)。
金属ボディの冷たい感触と、ガチャリと音を立てるシャッター音に、彼は魅了された。
レンズを回してピントを合わせ、「何となくの勘」で露出を合わせる。
どうせネガフィルムを使うのだったら、さほど露出に過敏になる必要もない(プリント段階で調整可能なので)。
その一夏の光景を、彼は気楽に「PEN-F」で撮り続けた。
やがて、彼は後継機種の「PEN-FT」も入手して、ハーフサイズカメラの道を究めていくこととなる。
不便だなんて考える暇もないくらい、写真を撮るのが楽しかったあの頃を、彼は今も懐かしく思い出しているのだ。
オリンパス ペンF / ペンFT
オリンパスが、1963年(昭和38年)に発売した、世界初のハーフ判レンズ交換式一眼レフカメラ。
1966年(昭和41年)発売の「オリンパス ペンFT」には、TTL露出計が内蔵されていて使いやすい。