現代日本文学

高瀬隼子『犬のかたちをしているもの』考察|「犬」と「子ども」の間に横たわる喪失感の正体

高瀬隼子『犬のかたちをしているもの』考察|「犬」と「子ども」の間に横たわる喪失感の正体

高瀬隼子『犬のかたちをしているもの』というタイトルは何を意味しているのか?

女性の生きづらさの正体を生々しく綴った本作は、『おいしいごはんが食べられますように』で芥川賞を受賞した女性作家・高瀬隼子(たかせ・じゅんこ)のデビュー作である(すばる文学賞受賞)。

今回は「犬のかたちをしているもの」というタイトルの意味を、独自の視点で考察しながら、この物語に隠されたメッセージを読み解いてみたい。

犬のかたちをしている「彼女の喪失感」

主人公(薫)は、犬が好きな30歳の女性である。

愛犬(ロクジロウ)が死んで以来、彼女はすべての「愛」を、「犬(ロクジロウ)」と比較するようになった。

郁也を愛しているんだと思うんだけど、自信がない。ちゃんと、ロクジロウを愛するのと同じように、思えているのか。性欲がわかない。(高瀬隼子「犬のかたちをしているもの」)

「犬」と「恋人」を比較するのと同じように、彼女は「犬」と「知人の子ども」を比較してみせた(「子どもより犬の方がかわいい」)。

もちろん、彼女にとって「犬」以上に愛情を感じることのできるものはない。

恋愛や出産の意味を語るときにさえ、彼女は「ロクジロウ」を持ち出しているのだ。

「恋愛や出産」と「犬」との比較は、彼女の「生きづらさ」を象徴している。

そもそも、この物語は「女性の生きづらさ」を詳細に可視化した作品として知られているが、彼女の「生きづらさ」の根源は、この「犬」にあったのではないだろうか。

ロクジロウは、主人公の少女時代を象徴する存在と言っていい。

ロクジロウは十四年生きた。わたしが七歳の時にうちに来て、わたしが二十一歳の時に死んだ。わたしが手術を受けた半年後だった。(高瀬隼子「犬のかたちをしているもの」)

少女から大人になって21歳のときに彼女は「卵巣の腫瘍」を切除し、その半年後に「ロクジロウ」が死んだ。

彼女が失ったものは「卵巣」と「ロクジロウ」と「少女時代の彼女自身」だ。

その大きな喪失感は、彼女の人生を「しんどい」ものであり続けさせている。

いきぐるしいのは全部、自分が子どもで、ここが田舎だからだと思っていた。だけど東京でもしんどい。大人になってもしんどい。(高瀬隼子「犬のかたちをしているもの」)

彼女は、彼女自身の喪失感によって、世の中の生きづらさを受けとめ続けた。

彼女の生きづらさは、恋人(郁也)が他の女性(ミナシロ)を妊娠させたことに、象徴的に描かれている。

彼女は自分の中の喪失感を「ロクジロウ」以外のもので埋めなければならない。

わたしのほしいものは、子どもの形をしている。けど、子どもではない。子どもじゃないのに、その子の中に全部入ってる。(高瀬隼子「犬のかたちをしているもの」)

出産できる体、母親(ママ友)という社会的な地位、世の中の同調圧力からの解放。

しかし、彼女の喪失感は「犬のかたちをしている」から、「子どもの形をしているもの」で埋めることはできない。

この「ズレ」が、彼女自身の「生きづらさ」の根源なのだ。

「犬のかたちをしているもの」は、失われた彼女の「少女性」である。

見返りはただ、ロクジロウの幸せだけだ。ロクジロウがしっぽを地につけて、体の力を抜いてくつろいでくれていれば、それでいい。(高瀬隼子「犬のかたちをしているもの」)

何の見返りも求めずに誰かを愛することができるほど、既に、彼女は子どもではなかった。

だから、彼女は苦しんでいる。

恋人が他の女性を妊娠させたことにも、もしかすると妊娠できないかもしれないという自分自身にも。

「子どもがほしいのと、子どもがいる人生がほしいのは、同じことだって思う?」(高瀬隼子「犬のかたちをしているもの」)

「犬のかたちをしている喪失感」を、彼女は「子どもの形をしているもの」によって埋め合わせしようとしていたのだ。

背後に潜む「社会のむかつき」

「犬のかたちをしている喪失感」は、彼女の「生きづらさ」を克明に可視化していく。

ストレスのはけ口にされるのはいつだって女だ、と思ってしまうのはわたしが女だからなのか。(略)むかつく、むかつく、こんな街で、こんな世界で、よく子どもなんて産もうって、思えるな、みんな。(高瀬隼子「犬のかたちをしているもの」)

彼女の「むかつき」は、この物語を支える骨格となっている。

パンツを下ろすと、案の定血がついていた。またか。いいかげんにして。舌打ちが漏れる。(高瀬隼子「犬のかたちをしているもの」)

主人公(薫)の「むかつき」は、彼女の背後に潜む「社会のむかつき」をさえ浮き彫りにする。

つまり、むかついているのは彼女だけではない、ということだ。

周囲が彼女の「むかつき」や「苛立ち」に気づいていないのと同じように、彼女もまた周囲の「むかつき」や「苛立ち」には気づくことができない。

巧妙に隠された「むかつき」の中で、我々が生きる社会は成り立っている。

この人は、許されることに慣れている人だろうな、とふと思う。許される要素のひとつもない話で、責められてなじられて罵倒される覚悟もありそうな様子なのに、でも最終的には許してくれるんでしょ、と思っていそう。(高瀬隼子「犬のかたちをしているもの」)

彼女が、自分の「むかつき」を吐露するほどに、彼女の周囲にある「むかつき」が浮き彫りになっていく。

それが、つまり、現代社会における「生きづらさ」の正体である。

言葉を飲みこむようにして人々は自分たちの「むかつき」を飲みこみ、浮き上がってくる「苛立ち」を自分の中の奥深くへと押しこんでいく。

そうでもしなければ生きていけないということを、みんな知っているからだ。

だから、この小説は、ときに読者を不安な気持ちにさせるはずだ。

まるで見たくなかったものを見てしまったときのように。

女性の生きづらさを描いた本作が、男性読者の共感を得る理由が、ここにある。

わたしがわたしであるというだけでは、多分じゅうぶんではないから、他のもので足したいと、思ってしまう。彼らの期待値とわたしの理想値はいつだって似通っている。そうありたいと、やはり思う。愛され承認され、ぐるぐる巻かれてあったかくなるために。(高瀬隼子「犬のかたちをしているもの」)

彼女の生きづらさは、この世の中を生きていくことの「生きづらさ」である。

そして、この「生きづらさ」の中で、彼女は生きていかなくてはならない。

似たような「生きづらさ」を抱えた人間たちに囲まれながら。

『犬のかたちをしているもの』の次に読みたい作品

高瀬隼子さんのデビュー作『犬のかたちをしているもの』は、女性の「むかつき」を克明に可視化する作品でした。

ここでは、『犬のかたちをしているもの』の次に読みたい作品をご紹介します。

すべて「電子書籍(kindle)」で読むことができますよ。

朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』

「生きづらさ」の正体をもっと突きつめたいという方には、朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』がおすすめです。

見えないものを可視化する朝井リョウさんの作品で、世の中の正体と向き合ってみませんか?

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小沼丹『懐中時計』

「生きづらさ」から解放されて、ちょっとデトックスしたいなあという方には、小沼丹の短篇小説集がおすすめ。

妻を亡くした中年男性の喪失感が、人間らしい温度感で描かれています。

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原田宗典『優しくって少し ばか』

高瀬隼子さんと同じく「すばる文学賞」でデビューした原田宗典さんの最初の作品集です。

表題作「優しくって少し ばか」は、同棲生活を送るカップルの物語ですが、当時(80年代)はとにかく「女性の社会進出」とか「女性の自立」が大きなテーマでした。

文学のテーマの移りかわりを知りたい方にもおすすめ。

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ジェン
文学考察ブログ『時空標本』管理人。感想以上、批評未満。深読み癖あり。