アン・ビーティ「あなたが私を見つける所」読了。
本作「あなたが私を見つける所」は、本国アメリカで1986年(昭和61年)に刊行された作品集『Where You’ll Find Me and Other Stories』に収録されている短篇小説である。
この年、著者は43歳だった。
原題は「Where You’ll Find Me」。
日本では、1990年(平成2年)に、道下匡子の翻訳で草思社から刊行された『あなたが私を見つける所』に収録されている。
38歳独身女性のクリスマス
作品タイトルの「あなたが私を見つける所」は、映画『オズの魔法使い』(1939)で歌われている「虹の彼方に」の歌詞の一部から引用されている。
作品集『あなたが私を見つける所』の巻頭にも、「虹の彼方に」の歌詞が引用されていて、「あなたが私を見つける所」は、作品集全体のテーマにもなっていることが分かる。
いつか星に願いをこめて
雲から遠くはなれた所で目覚めたい
悩みごとなどみんな
レモン・ドロップスのように溶けて
煙突よりもうんと高い、
空の向こうに消えてしまう
そこが、あなたが私を見つける所
──『オズの魔法使い』「虹の彼方に」より
(アン・ビーティ『あなたが私を見つける所』訳・道下匡子)
本作「あなたが私を見つける所」の主人公は、38歳の独身女性である。
ニューヨーク在住で、目下失業中。
特定のパートナーがいないわけではないものの、「決まった男がいるなんて思ってないわ」と、彼女は考えている。
この物語は、クリスマスをサトラガ(ニューヨーク州)にある兄の家庭で過ごしている、38歳独身女性の物語である。
彼女は、旅先で出会った男に謎の手紙を出していることを、兄に打ち明ける。
兄は、それは大きなチャンスだから、自分の居場所をきちんと知らせるべきだと主張する。
ハワードはまじまじと私を見た。「おそらく彼は考えていたよ」と彼は言う。「彼はどうしたら君に連絡をとれるかがわからないんだよ」(アン・ビーティ「あなたが私を見つける所」訳・道下匡子)
彼女は自分がどうすべきなのかが分からない。
楽しいクリスマスの夜、ジュディ・ガーランドの歌を聴きながら、彼女は、男が自分を見つけてくれるところはどこだろうと、考えていたのかもしれない。
物質的な豊かさの裏側にある不安や孤独
本作「あなたが私を見つける所」は、都会的でお洒落な雰囲気がいい。
「ニューヨークで」と彼は言う。「ここへ引っ越してくる前に。いやロスアンゼルスの前かな。おれはただレコードを買いはじめ、まわりの人に訊きはじめたのさ。街の半分がクラシックのガイドブックみたいなもんだ。ニューヨークではじつにいろんなことがわかるよ」(アン・ビーティ「あなたが私を見つける所」訳・道下匡子)
妹に「どうしてクラシックにそんなに詳しくなったの?」と訊かれた兄は、ニューヨーク時代に学んだことを説明するが、「街の半分がクラシックのガイドブックみたいなもんだ」というのがカッコイイ。
都会的でオシャレな人たちは、同時に教養も併せ持っているのだ。
しかし、そんな兄も、嫁の他に好きな女性がいることを妹に打ち明ける。
満たされた環境の中で、満たされていない心がある。
それが、この物語のテーマだ。
丁寧に読みこんでいくと、たくさんの登場人物の誰もが、心に空洞を抱えているようにも思える。
余計な説明はないから、自分の感覚で判断するしかないけれど、そんなところも、ジメジメと湿っぽくなくていい。
テーマは重いはずなのに、文章が乾いていて、さりげなく読み進めてしまうことができる。
細部に織り込まれた、さりげない象徴にも注目したい。
氷を買いに出かけた兄の姿は、彼の微妙な生活を象徴している。
彼が私に思い起こさせるのは、あの裁判所の象徴──それを何と呼ぶのか私は知らない──正義のはかりと剣を手にし、目隠しをされた女の彫像だ。左手に氷の入った袋、右手に氷の入った袋──ただし目隠しはない。(アン・ビーティ「あなたが私を見つける所」訳・道下匡子)
裁判所の「正義の女神」が象徴になっているあたり、やはり都会的でスマート。
1980年代後半と言えば未曽有の好景気で、豊かな暮らしが、日本でも当たり前の時代だった(いわゆるバブル景気)。
そんな物質的な豊かさの裏側にある不安や孤独を、当時のアメリカ文学は好んで描いた。
当時の日本で、積極的にアメリカ文学が読まれた背景には、そんな不安や孤独に対する共感があったのかもしれない。
作品名:あなたが私を見つける所
著者:アン・ビーティ
訳者:道下匡子
書名:あなたが私を見つける所
発行:1990/4/10
出版社:草思社