今回の青春ベストバイは、『ヤングアダルト情報源――これだけは知っておきたい(Ⅲひとり暮らし編)』(サンマーク出版)です。
一人暮らしを始める若者のためのマニュアル本で、バブル期のベストセラーとなっています。
当時の若者たちのライフスタイルを知ることができる、貴重な資料とも言えますね。
クチコミがなければ、80年代の生活なんて成り立たなかった
1986年(昭和61年)の春、独り暮らしを始めた。
大学進学を機に実家を出たのだ。
下宿先は、大学から紹介してもらった。
普通の民家の2階に四つの四畳半があった。
いわゆる賄い付きの下宿である。
今のようにインターネットのない時代だったから、初めて独り暮らしをするための情報を集めるだけで、大変な時代だった。
どんな町に住むのか、近くにコンビニはあるのか、銭湯はあるのか。
単身の大学生に必要な生活用具は何か、テレビはどこで買うのか、洗濯はどうするのか。
念願の独り暮らしは、すべてが手探りで始まったような気がする。
情報の入手先は、大学の事務室だったり、下宿先のおばさんだったり、高校時代の同級生だったりした。
ほとんどがクチコミみたいな情報で、クチコミがなければ、80年代の生活なんて成り立たなかったのだ。
あの頃を思うと、時代は本当に進化したと思う。
スマホひとつで、大抵の情報を得ることができる。
SNSを使えば、クチコミの規模感だって、当時とは比較にならないくらい膨大だ。
あまりに情報が多すぎて、必要な情報の取捨選択に悩む時代。
そんな時代が来るなんて、もちろん誰も想像さえできなかっただろう。
そういえば、ネットのない時代に、単身生活者の強い味方となってくれた書籍があった。
それが、今回の青春ベストバイ『ヤングアダルト情報源――これだけは知っておきたい(Ⅲひとり暮らし編)』である。
マニュアル世代のために作られた「人生のトリセツ」
「ヤングアダルト情報源」は、1980年代にベストセラーとなったことで有名な、若者のためのマニュアル本のタイトルだ(サンマーク出版)。
情報源が乏しかった時代、こういうマニュアル本は、本当に貴重だった。
書かれているのは、初めて独り暮らしをするときに知っておいた方が良い一般常識で、アパートの選び方とか、必要な生活道具とか、かなりきめ細かいアドバイスが網羅されている。
僕の手元にあるのは、1988年(昭和63年)に発売されたもので、帯には「ひとり暮らしに役立つ情報を満載」「部屋探しから食事・健康まで、この1冊でOK」と書かれている。
まさに、マニュアル世代のために作られた「人生のトリセツ」だった。
ちなみに、マニュアル世代とは、マニュアルに従って堅実に生きるライフスタイルが定着した世代のことで、1980年代に広まった。
なぜなら、生活の電子化が進む中で、説明書をしっかりと読み込まなければ、複雑な家電製品を使いこなすことができないという時代が訪れていたからだ。
こうした時代は、マニュアルがなければ、自分で判断して動くことのできないマニュアル人間を生み出した。
マニュアルがなければ安心できない世代が、つまり、我々マニュアル世代だったのである。
もっとも、情報過多ということでは、現代の方がずっとマニュアル的な人間に溢れているのではないだろうか。
スマホの情報がなければ、街を歩くことさえためらわれるような、今はそんな時代になってしまった。
そう考えると、80年代というのは、やがて訪れるだろう高度な情報社会の入り口に立っていたようなものなのかもしれない。
そして、「ヤングアダルト情報源」は、そんな高度情報社会の始まりを告げるベストセラーだった。
時代だなあと思うのは、独り暮らしに必要な情報の中に「投資」が含まれていること。
なにしろ、世の中はバブル時代で、お金の話をしないでは生活を語ることはできなかった。
NTT株が株式公開された瞬間に高騰して話題となったのは、1987年(昭和62年)2月のこと。
一般の主婦にまで、株でボロ儲けするのが当たり前と言われるくらいの投資ブームが、「ヤングアダルト情報源」にも反映されていたのだろう。
当然、後には、お金儲けの情報だけを集めた『ヤングアダルト情報源13(マネー編)』というのも刊行されるが、それはまた別の話だ。
新生活の準備始まるこの季節に、僕は36年前のマニュアル本を読み返している。
もしかすると、それは、情報と自己判断とのバランスが、ちょうどいい感じに保たれていた時代だったのかもしれない。