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余寧金之助「郵便机」児童文学者・瀬田貞二が戦後に発表した幻の名作

余寧金之助「郵便机」あらすじと感想と考察

余寧金之助「郵便机」読了。

本作「郵便机」は、『少年少女』(中央公論社)1949年(昭和24年)8月号に発表された短編小説である。

荒木田隆子『子どものよあけ──瀬田貞二伝』

荒木田隆子『子どものよあけ──瀬田貞二伝』を読んでいたら、巻末に「郵便机」が掲載されていた。

余寧金之助(よねいきんのすけ)というのは、児童文学者・瀬田貞二の筆名である。

余寧は母親<ヨネ>から、金之助は父親<金之助>から取ったもので、もともと、この筆名は、瀬田貞二が俳句を作るときの俳号だった。

中村草田男に師事した余寧金之助は、草田男が主宰する俳誌『萬綠(万緑)』の編集長を務めるほど、俳句の世界に深く関わった人だった。

1946年(昭和21年)の句に「湯屋の煙上るその他は黍月夜」がある。このとき、作者は30歳だった。

それは、戦後間もなくの頃のころで、そのとき、余寧金之助(瀬田貞二)は夜間中学の教師として働いていたという。

そのときの体験を元に創作された作品が、本作「郵便机」である。

この短編小説は、後に『雨の日文庫(第四集)』に入っているものの、日本の近代文学の流れの中では、ほとんど注目されることもなかったらしい。

『子どものよあけ──瀬田貞二伝』の中に出てくる「郵便机」を読みたくなって、ネットで『雨の日文庫(第四集)』を探したけれど、あまり見つからない(あっても高すぎる)。

気長に探そうと思っていたら、本書の最後に「郵便机」が登場したので笑ってしまった。

本作「郵便机」は、1956年(昭和29年)、本多猪四郎監督により映画化された。タイトルは『夜間中学』。

「郵便机」は、夜間高校が舞台になっている。

夜間高校では、一つの教室を昼の生徒と夜の生徒が共同で使っているから、机や椅子も、昼と夜の生徒が共通で使っている。

<昼の生徒>が、机の中に、<夜の生徒>に宛てた手紙を入れておいたことから、二人の男子高校生の文通が始まる。

机を通して行われる文通だから、タイトルが「郵便机」なのだ。

<昼の生徒>は、机の中に筆箱を忘れたとき、<夜の生徒>が盗ったのではないかと疑い、筆箱を返してほしいと手紙に書くのだが、手紙を読んだ<夜の生徒>は立腹する。

夜の生徒は、みんな昼間どこかにつとめて、給仕をしたり事務をとったり、つかれてから学校へきます。のびのびして勉強できる君たちのほうで、まずしい生活をしている僕たちが、心までひくいと、きめてかかるのは、どうしてなのか。すくなくとも僕ら学校へくるときは、おくれまいとかけ足で、たのしみながら集まるのです。(余寧金之助「郵便机」)

働きながら夜間高校へ通う高校生の描写は眩しい。

定時制高校が本来持っていただろう明るさが、この物語の中にはある。

純朴で爽やかな高校生活

やがて、和解した二人は互いを理解し合い、何度も手紙を交わすうちに、互いを励みにするようになる。

<昼の生徒>は、ラッシュアワーの電車の中で、幼い女の子が落とした毬(マリ)を、乗客みんなで探した話を紹介する。

満員電車の乗客は、やがて毬を見つけて、女の子へ毬を渡す。

「あった!」とんでもないすみのほうでひとりがさけびますと、みんなそのほうへじぶんのことのように、「あった?」「こっちへ手でわたせ!」などと声がとぶんです。「ほいしょ! ほいしょ!」すみの人から順々にマリは手わたしされてきました。(余寧金之助「郵便机」)

この「マリリレー」に参加した<昼の生徒>は、他人のために働いている<夜の生徒>への共感を認めるに至るのだが、そこに一人の少年のささやかな成長が感じられてうれしい。

高校生活というのは、本来、このように純朴で爽やかなものだったんだなあ。

貧しい暮らしの中で、懸命に働き学ぶ<夜の生徒>の姿もシンプルに美しい。

働くことの尊さと学ぶことの尊さが、説教臭くならない程度に温かく描かれていて、こねくり回した文学作品よりも、ずっと素直に心の中へと響いてくるのだ。

すべての教育関係者は、こういう小説を読んで、学校が何のためにあるのか、もう一度考えてみた方がいいと思う。

なんだかんだ言って、現代日本のスタートは、やはり戦後から始まっているのだから。

『子どものよあけ──瀬田貞二伝』の読書感想を書くつもりでいたのに、おまけの「郵便机」を読み終えた瞬間、頭の中が「郵便机」でいっぱいになってしまった。

これこそが、優れた文学作品の力というものなんじゃないだろうか。

まだ読んだことのない人には、ぜひお勧めしたい名作である。

作品名:郵便机
著者:余寧金之助
書名:子どものよあけ──瀬田貞二伝
発行:2017/1/15
出版社:福音館書店

ABOUT ME
みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。