那須正幹『ズッコケ中年三人組』は「大人の少年物語」である。
かつて「ズッコケ三人組」として活躍した少年たちの「人生の答え合わせ」が、そこには描かれている。
あのときの少年たちは、果たしてどのような人生を送っているのだろうか?
今回は、現代社会における「幸せの意味」という観点から、この物語が伝えたかったことについて考察してみたい。
平成という暗黒時代の犠牲者たち
現実は厳しい。
この物語を読んだ読者は、誰もがそう考えたのではないだろうか。
かつて「怪盗X」と渡り合った勇敢なヤンチャ少年(ハチベエ)は、実家の八百屋を継いだものの、時代の流れに逆らうことはできず、八百屋からコンビエンスストアへと商売替えをして、現在はコンビニオーナーとして忙しい日々を送っている。
「自前の店といっても、店におく商品の種類から数まで、本部が勝手に決めてくるんだ。売れもしないものまでおしつけられて、それもノルマつきでさあ。けっきょく体のいいのっとりですよ。なんのことはない、やとわれ店長みたいなものさ」(那須正幹「ズッコケ中年三人組」)
バイトに給料を払ってしまえば「親子で食うのが精一杯」だと、ハチベエは嘆いてみせる。
その点、中学校の教師として働いている独身ハカセは、経済的には苦労していない。
しかし、かつて「ズッコケ三人組の頭脳」と呼ばれた秀才は、ヤンチャな子どもたちの指導に四苦八苦している。
教師なんかやめてしまおうか。正太郎は、ふっと思った。もともと教師などする気はなかった。博物館か大学の研究室に勤めたかった。それが彼の少年時代の夢だったはずだ。(那須正幹「ズッコケ中年三人組」)
就職活動に失敗したハカセは、中学校の社会科教師として収まったものの、クラスが学級崩壊状態となっていることから、学級担任のハカセは「指導力不足」の烙印を押されている。
「ハカセ」と呼ばれて、仲間たちからリスペクトされていた少年時代が、まるで嘘のようだ。
工業高校を卒業後、鉄工所で働いていた「モーちゃん」は、会社が倒産したあとは仕事がうまく続かず、レンタルビデオ店でアルバイトをしている。
あの頃は花山町という市内の西の町に住んでいた。(略)友達もみな気のいい連中だった。思えば、あの頃が人生のなかでいちばん幸せだったのではないだろうか。(那須正幹「ズッコケ中年三人組」)
かつて「ズッコケ三人組」として活躍した彼らも、既に40歳の不惑を迎え、それぞれの人生と向き合っている。
それは、少年時代に思い描いていたような未来ではなかったかもしれない。
高度経済成長期の終盤に少年時代を過ごした彼らは、バブル景気の中で社会人となり、平成という「暗黒の30年」の中で、それぞれの人生を乗り越えなければならなかった。
空前の不況に耐えられるほど、ハチベエの実家「八百八」は盤石ではなかった。
駅横にショッピングセンターができたことも、街の人々の流れを(つまりは街の人々の生活を)大きく変えていたことだろう。
「学級崩壊」が社会問題化する時代に、中学校教師として働くハカセも、時代の波にうまく乗ることができなかった男だ。
本来「研究者タイプ」だった彼に、最も向いていない仕事こそ、ヤンチャな中学生たちの生徒指導という仕事だったかもしれない。
バブル崩壊の影響を直接受けているモーちゃんは、不況の中で定職に就くことができない。
彼らは、みな「平成」という時代の犠牲者である。
イケイケだった昭和後期とは異なり、暗黒な平成時代を乗り切るには、彼らはあまりに不器用すぎた。
かつて、彼らの魅力だった「実直な生き方」が、彼らの人生を阻んでいたのだ。
中高年は人生をどのように生きていくべきか
それでは、彼らは「幸せではない」のだろうか?
少なくとも作者は「ズッコケ中年三人組」を「不幸な男たち」として描いてはいない。
なぜなら、それぞれに厳しい現実の中で、彼らは彼らなりに「ささやかな幸せ」を享受していたからだ。
身を挺してヤンチャ少年を守ったことで、ハカセは子どもたちとの信頼関係を構築する。
森が叫ぶようにいった。「ヤー公のことなんて関係ねえよ。だけどよ、あんとき、先生はからだ張ってくれたじゃないか。先生、ふるえてただろ。おれ、見てたんだ。ふるえながら、おれのためにヤー公とサシでナシつけてくれたじゃないか」(那須正幹「ズッコケ中年三人組」)
勝てる見込みはないと分かっていながら、教え子の前に飛びこんでいったハカセの気持ちを、子どもたちは知っていた。
離婚の危機にあったモーちゃんは、夫婦仲を取り戻す。
満子が、ちょっと立ちどまった。が、すぐに歩きだした。「ごめんね、長いこと旦那さんをほっぽらかして。今夜から、しっかりサービスするわ」(略)かぎなれた妻の匂いがモーちゃんの鼻をくすぐった。(那須正幹「ズッコケ中年三人組」)
家族のために働く夫の心を、妻は理解していたのかもしれない。
ハチベエは、妻(圭子)と一緒に飲みに出かける。
家を出ようとすると、圭子が声をかけた。「あんた、飲みに行くんでしょ。たまにはあたしも連れてってよ」「えっ、おまえも行くのか」(那須正幹「ズッコケ中年三人組」)
教師と生徒、夫と妻、父親と子どもたちという、様々な絆を取り戻して、彼らはそれぞれの人生の中へと戻っていく。
それが、つまり、作者の考える「幸せ」というものだった。
少なくとも、彼らは、少年時代から中年時代までを無事に生き延びてきている。
そこに、作者の(本当に)伝えたいメッセージがあったのではないだろうか。
彼らが生きている「2000年代」は、「中高年の自殺」が社会問題化した時代である。
「暗黒の30年」の中で、多くの中高年が「死」を選んでいった。
中高年にとって、生き続けていくことさえ、それは難しい時代だったのだ。
指導不足教員と呼ばれようが、アルバイト店員だろうが、やとわれ店長だろうが、彼らは彼らなりに「地に足のついた」人生を生きている。
そこに、この物語の救いがある。
そもそも、彼らの冒険は「防空壕」から始まっていたことを忘れてはならない(『それいけズッコケ三人組』第四話「立石山城探検記」)。
輝くような高度経済成長期もバブル景気も、すべては「戦後」という歴史の中に位置づけられている。
父母世代の戦争体験と地続きだった「少年時代」の延長線上に、彼らの「中年時代」はあった。
平成不況のただ中で生きる彼らの幸せは「生きている幸せ」である。
「あのね、あたし、今すごく憂鬱なの。だから、なにかドキドキするようなこと、してみたいのよ。さっきラーメン屋のこと思いだしたときに、思ったの、あの頃は毎日がドキドキしてたなあって」(那須正幹「ズッコケ中年三人組」)
それは、少年時代のように輝く毎日ではなかったかもしれない。
それでも、彼らは生き続けていかなければならなかった。
家族のために、子どもたちのために、やがて訪れる次の時代を迎えるために。
本作『ズッコケ中年三人組』は、等身大の我々の物語である。
人生をどのように生きていくかということのヒントが、この物語にはあるのではないだろうか。
人生に行き詰まった中高年世代におすすめしたい。
『ズッコケ中年三人組』の次に読みたい本
那須正幹さんの『ズッコケ中年三人組』は、大人になった三人組が、少年時代のドキドキを取り戻す物語でした。
ここでは『ズッコケ中年三人組』の次におすすめしたい本をご紹介します。
那須正幹『それいけズッコケ三人組』
「ズッコケ三人組」シリーズの原点です。輝いていた昭和時代の少年たちの姿は、明るいニッポンの未来を感じさせますね(そんな未来はなかったけれど)。
▶ 那須正幹『それいけズッコケ三人組』あらすじと詳細考察を読む
佐藤春夫『わんぱく時代』
ドキドキする少年時代を回想した自伝的少年小説。
少年から大人へと成長していく過程の切なさが描かれています。
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庄野潤三『夕べの雲』
芥川賞作家・庄野潤三の代表作です。
高度経済成長期を生きる五人家族の生活が、温かい視線から描かれています。
三人の子どもたちが、どのように成長していくのか、その原点を知るための物語です。
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