庄野潤三は凄い作家だ。
何が凄いのかというと、全然凄そうに見えないのに、実はおそろしく凄い、というところが凄い。
昭和30年に芥川賞を受賞しながら、芥川賞を超えるキャリアを構築したため「芥川賞作家」とさえ呼ばれることは少ない。
つまり、庄野潤三は芥川賞をも超える作家なのである。
当サイト『時空標本』では、庄野潤三が遺した全著作の詳細な考察記事を書くことを、一つの目標としている。
現在まで、40冊近い著作についての記事は投稿済みであり、残りの作品についても、今後投稿していく予定だ。
地味な作家として知られる庄野潤三の何が我々をそんなに惹きつけるのか?
この記事では、庄野潤三の持つ不思議な魅力について全力で紹介したい。
「これから庄野潤三を読みたいと考えている方」や「庄野潤三の文学世界をもっと深く知りたい」と考えている方のお役に立つことができれば、スノッブな庄野潤三マニアとして、これ以上の幸せはない。
庄野潤三とはどんな作家か? その「凄さ」の正体
庄野潤三は戦後に登場した「第三の新人」であり、芥川賞を受賞している作家である。
しかし、こんな紹介は実際のところ、なんの役にも立たない。
なぜなら庄野潤三は「肩書き」で仕事をすることのない、地に足の付いた作家だったからだ。
ドラマチックではない日常から「人生の陰影」を見出す才能
庄野潤三の作品は、特別に凄かったりしない。
むしろ、何もない普通の日常を、分かりやすく平易な文章で綴っている。
まるで日記のようだと言われることもあるし、まるで随筆のようだと言われることもある。庄野潤三の作品は、全然ドラマチックではないのだ。
庄野潤三の凄さを説明すれば、それは、ドラマチックではない日常の中からドラマを生み出してくる才能ということになるだろう。
どんなに平凡な人生であっても、今日と同じ一日は二度とない。
だから、庄野潤三は常に「現在」を大切にしてきた。
書き留めておかなければやがて忘れてしまうだろう些細な出来事の一つ一つを、彼は細心のアンテナをもって書き続けた。
あたかも海の波が、太陽光の当たり方によって色を変えるように、我々の人生にも陰影がある。庄野潤三が書いたのは、そんな人生の陰影である。
一見平坦にも見える人生の陰影を見い出し、それを小説として書き続けた庄野さんの繊細な感度は、やっぱり凄いと言わざるを得ない。
なぜ今、庄野潤三なのか? 時代を超越する「足下」の文学
庄野さんは、昭和から平成にかけて活躍した、過去の作家である。
特別な出来事を描いたわけでもない、過去の作家の作品に、今読む価値があるのだろうか。
もちろん、庄野潤三は今読むべき価値のある作家である。
なぜなら、彼の作品は発表当時から既に時代を超越していたからだ。
徹底的に「足下」だけを描き続けた庄野さんの小説には、常に「庄野時間」というべき時間が流れ、「庄野世界」とも言うべき世界観が構築されていた。
社会運動の激しかった1960年代にも、好景気に沸いたバブル時代にも、庄野さんはとにかく自分の中に流れる時間だけを描き続けた。
生きて生活することの本質だけが描かれているので、どんなに時代が変わっても、庄野さんの作品は古びたりしない。
むしろ、時代が複雑になる中、生きていることの本質を見極める上で、庄野さんの作品は非常に重要な意味を持っているのである。
庄野潤三をこれから読む方へ|おすすめの名作と「読む順番」
ここからは、庄野潤三を知らない方にもぜひ読んでいただきたい、絶対におすすめの庄野文学作品をご紹介したい。
どの作品も時代を超えて読み継がれるべきエバーグリーンな作品ばかりである。
『明夫と良二』|五人家族が四人家族に変わる「物語」の原点
庄野潤三作品の中でも特におすすめしたいのが、昭和40年代に発表された家族小説である。
庄野潤三の小説は、基本的に実際の庄野家をモデルとして描かれていて、両親(庄野夫妻)の他に長女が一人、その下に二人の男の子がいる。
長女が結婚するまで、庄野文学に登場する家族は、常に五人家族だった。
本作『明夫と良二』は、長女が結婚して家を出て行くため、五人家族から四人家族へと変わる瞬間の庄野家を描いた作品である。
実家のすぐ近くに新居を構えた長女と、残された二人の兄弟を中心に、何も起こらない物語は進んでいく。
しかし、「襟裳の春は何もない春」ではないのと同じように、我々の人生にも「何もない人生」はない。
当たり前の日常の中の起伏を「物語」として書き留める。
そこから浮き彫りになるものが、つまり、本質的な人生というものなのだ。
▶ 庄野潤三『明夫と良二』五人家族から四人家族へ変わる瞬間の家族史
▶ 庄野潤三おすすめ家族小説│成熟する家族小説の変遷をたどる
『エイヴォン記』|孫娘フーちゃんに受け継がれた庄野文学のヒロイン
庄野文学前期のアイドルが「長女・夏子」だったとすると、庄野文学後期のアイドルは、間違いなく「孫娘のフーちゃん」である。
次男・庄野和也の長女・フーちゃんは、庄野夫妻にとって初めての孫娘であり、庄野さんは、成人した夏子に代えて、このフーちゃんを庄野文学におけるヒロインとしての位置を継承させた。
本作『エイヴォン記』は、フーちゃんが初めて庄野文学の主役として登場した、記念碑的な作品である。
さらに、この長編随筆では、庄野さんの個人的な読書体験が、フーちゃんの成長とともに紹介されており、それが庄野文学の味わいをより深いものへと昇華させてくれている。
庄野文学の基礎を築いた文学作品は、まさに庄野文学のルーツである。ルーツ・オブ・庄野潤三として、この作品を外すことはできない。
▶ 庄野潤三『エイヴォン記』ルーツ・オブ・庄野文学と孫娘フーちゃんの華やかなデビュー
▶ 庄野潤三「フーちゃん三部作」庄野文学のアイドル・フーちゃんは、長女・夏子の再来だったのか?
『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』|夫婦の危機を経て辿り着いたロンドン紀行
庄野文学初期のテーマは「夫婦の危機」だった。
芥川賞受賞作「プールサイド小景」は、会社の金を使い込んで酒場の女に貢ぐサラリーマンを主人公に描かれた家族の崩壊の物語だったし、新潮社文学賞を受賞した「静物」も、かつて自殺未遂をした妻と一緒に家族を再構築する男の物語だった。
しかし、「静物」以降、庄野さんの作品は、共同体としての夫婦を軸に描かれていく。
本作『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』は、庄野夫妻がイギリス・ロンドンを訪ねたときの旅行記である。
旅行の目的は、イギリスの著名なエッセイスト、チャールズ・ラムの足跡を辿ることであり、そこに、チャールズ・ラム研究家として知られる福原麟太郞への思いが、レイヤーとして重ねられた。
おそらく、作家として最も充実期に合った頃の、脂の乗った力作である。
▶ 庄野潤三『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』│チャールズ・ラムと福原麟太郎のロンドン旅行で庄野夫妻が見つけたものとは?
『懐しきオハイオ』|バブルの喧騒をよそに描かれた「生活の本質」
庄野夫妻が日本に子供たちを置いてアメリカへ渡ったのは、昭和32年のこと。
ガンビアという小さな大学村過ごした一年間の生活は、庄野さんにとって忘れられない体験となったらしい。
帰国直後に『ガンビア滞在記』を発表したのとは別に、20年後になって『シェリー酒と楓の葉』を発表、それからさらに10年後、つまり、ガンビア滞在から30年後に書かれた作品が、本作『懐しきオハイオ』である。
昭和30年代のアメリカにおける小さな村の暮らしが、これ以上ないくらい丁寧に再現されていく。
連載当時、日本はバブル景気まっただ中だったから、これ以上、時代を超越する作品もなかっただろう。
そこには、日本ではないからこそ見えるだろう「人間の暮らし」が、重要なメッセージをもって浮き上がってくる。
むしろ、目の前の金儲けに浮かれる時代だったからこそ、庄野さんは生活の本質を問うような作品を発表したのだろうか。
▶ 庄野潤三『懐しきオハイオ』│バブルの喧騒の中で、なぜ庄野潤三は「30年前のアメリカ」を再現したのか
『せきれい』|盟友・小沼丹との友情と、静かなる喪失の記録
庄野潤三の静かなブームを支えた「夫婦の晩年シリーズ」からひとつ選ぶとしたら、それは本作『せきれい』になる、
なぜなら、この作品は単なる日常の記録に留まらず、盟友・小沼丹の死を偲ぶ重要な作品となっているからだ。
大切な親友を失った大きな喪失感さえも、庄野さんは見えない形で刻むこんでくる。
その静けさが、むしろ痛々しいまでの悲しみを読者に伝えるというところに、庄野文学らしさがあると言っていい。
小沼丹の読者にとっても、本作は記念碑的な作品であり、本作は新しい読者のための小沼文学案内ともなっている。
庄野潤三から始まる文学の旅の、本書は一つの出発点なのだ。
▶ 庄野潤三『せきれい』盟友・小沼丹への「痛々しいほどの悲しみ」を刻んだ静かな名作を深読みする
『山の上に憩いあり』|河上徹太郎、福原麟太郞……知的な交友の結実
庄野潤三から始まる文学の旅の出発点として、他に『文学交友録』があるが、ここではより密度の高い『山の上に憩いあり』を挙げたい。
庄野さんが影響を受けた作家を網羅的に案内する『文学交友録』に対し、本書に登場するのは、庄野さんにとって年上の友人、河上徹太郎と福原麟太郞の二人だ。
文芸評論家・河上徹太郎とは家族ぐるみの行き来があったし、福原麟太郞とは英文学(特にチャールズ・ラム)を通じて、文学的な交流を深めた。
特に福原麟太郞は、中期の作品には頻繁に登場しているので、庄野文学といえば福原麟太郞という図式がある程度定着しているほどだ。
ちなみに、福原麟太郞は井伏鱒二と同郷の広島県福山市出身。河上徹太郎は瀬戸内地方・岩国市の出身で、井伏鱒二との交流も深かった。
ここにも庄野潤三的世界の成り立ちを垣間見ることができるような気がする。
▶ 庄野潤三『山の上に憩いあり』河上徹太郎や福原麟太郎との心の交流
【深読み】庄野潤三の世界をより多角的に楽しむ視点
庄野潤三の世界にハマった人は、もう抜けることができない。
むしろ、他にはない庄野潤三的世界を、もっと楽しみたいと渇望するだろう。
ここでは、庄野潤三の世界をより深く知るための視点について語ってみたい。
庄野潤三の「本棚」|作品から辿る世界文学への入り口
読書家だった庄野潤三の小説には、作者自身が愛読したと思われる文学作品が頻繁に登場する。
庄野文学そのものが、過去の世界文学への入口とも言えるほどで、庄野潤三のリンクを辿っていくだけで膨大な読書体験ができるはずだ。
▶ 庄野潤三の本棚│庄野潤三の作品に登場した文学作品たちを追体験する
庄野潤三の「音」|家族で囲んだ昭和のレコードを追体験する
五人家族の時代から、庄野家には家族揃ってレコード鑑賞をする慣習があった。
大学紛争の時代、親子の断絶が叫ばれる中にあって、庄野家の絆の強さは、やはり時代を超越している。
庄野家の人々が聴いていたレコードと同じものを手に入れて、庄野家的世界観を追体験しよう。
▶ 庄野潤三のレコード│五人家族が聴いた昭和時代のレコードを聴く幸せの意味
庄野潤三の「街」|生田の急坂、味良のタンメン、山の上の家を歩く
庄野潤三の文学世界は、川崎市生田の「山の上の家」から始まる。
庄野文学の読者はみな、生田駅前の「中国料理 味良」でタンメンを食べた後、生田駅から庄野邸へと続く急な坂道を上り、場合によっては、坂の途上にあるスーパー「オーケー」でドリンクを補給したりするのだ。
▶ 庄野潤三の街│庄野潤三が選んだ「山の上の家」の街・生田を歩く
庄野潤三の「墓」│小田原までお墓参りに出かける
神奈川・庄野のお墓は、南足柄の長泉院にある。
小説の中にも登場するお墓の前で手を合わせていると、まるで自分が小説の中の登場人物になったような錯覚に陥るかもしれない。
庄野潤三の「うなぎ」│小田原の名店「柏又」でうなぎを食べる
庄野潤三の好きな食べ物と言えば「うなぎ」だった。
小田原にある老舗「柏又」のうなぎは、何度なく小説の中にも登場。
庄野家の人々│庄野貞一の系譜をたどる
父親・庄野貞一が大阪帝塚山学院の校長だったためか、庄野家の人々には文学に造詣の深い人が多い。
ここでは、庄野潤三と関係の深い家族の方々をご紹介しよう。
兄・庄野英二│最愛の児童文学者
庄野潤三の実兄は、児童文学者として名高い庄野英二。
庄野潤三の作品にもたびたび登場している。『鶏冠詩人伝』は『星の牧場』などの代表作のある作者による自伝的エッセイ。
▶ 庄野英二『鶏冠詩人伝』児童文学者が「鶏冠詩人」を名乗った意外な理由
弟・庄野至│芥川賞受賞に立ち会った末の弟
庄野潤三の弟・至も複数のエッセイ集を出版している。
兄・潤三が芥川賞を受賞した夜のことを書いた作品「真夜中の祝宴」は、『三角屋根の古い家』に収録されている。
▶ 庄野至『三角屋根の古い家』芥川賞を受賞したとき、庄野潤三はどこにいたのか?
妻・庄野千壽子│夫・庄野潤三を支え続けたもう一人の主人公
庄野潤三の妻・千壽子夫人の没後、遺族によって、長女・夏子との書簡集『誕生日のアップルパイ』が刊行された。
装画デザインには、小沼丹の私家版遺稿集『馬画帖』から小沼丹の描いた馬の絵が用いられている。
▶ 庄野千壽子『誕生日のアップルパイ』妻・千壽子が夫・庄野潤三を支え続けた理由
長女・庄野夏子│庄野文学の初代ヒロインは庄野文学の語り部となった
庄野潤三の長女・夏子は、独創的な手紙を書くことで知られており、多くの作品で引用された。
南足柄へ移転した直後の連作短編集『インド綿の服』は、夏子から届いた手紙を中心に据えた家族小説である。
「芥川賞作家の娘」ということで、高校一年生の夏子の作文が『週刊現代』に掲載されたこともあった。
庄野夫妻亡きあとは「庄野文学の語り部」として講演会などを行った。
▶ 庄野潤三『インド綿の服』長女・夏子の手紙に込められた家族の絆
▶ 庄野夏子『お父さんッ子』週刊現代に掲載された高校一年生の作文とスナップ写真
▶ 庄野夏子トークイベント「おとうくん、おかあくんの思い出」に長男・龍也も登壇
庄野潤三の仲間たち│交友関係から探る庄野文学
決して積極的に文壇の中心であろうとはしない一方で、仲の良い友人とは濃密な人間関係を続けていた。
友だちを見れば庄野潤三が分かる。
ここでは、特に庄野潤三と深い交流のあった仲間たちを紹介しよう。
井伏鱒二│長女・夏子の仲人も務めた人生の師
庄野潤三の文学的な師に井伏鱒二がいた。
井伏鱒二とは小沼丹を通じた出会いだったが、大阪から東京へ移転して石神井公園に住居を構えてからは、自転車で荻窪清水町にある井伏邸まで通った。
幼い頃から父親に連れられて井伏邸に出入りしていた長女・夏子は、井伏夫妻の仲介により結婚した。
『徴用中のこと』は、晩年の庄野潤三も愛読した作品。
佐藤春夫│名作「静物」の完成を導いた日本文壇の大家
佐藤春夫もまた、庄野潤三にとって師の一人だった。
佐藤春夫・井伏鱒二ともに、文壇に数多くの人脈を築いたことで知られる大作家だ。
「静物」を書きあぐんで苦しむ庄野潤三に、具体的なアドバイスを与えたのが佐藤春夫だった。
自伝的長編『前途』には、学生時代の島尾敏雄と二人で、佐藤春夫の著作を競い合って読んだ様子が描かれている。
林富士馬の紹介で初めて佐藤春夫を訪ねた日のことは『文学交友録』に記された。
▶ 庄野潤三『前途』島尾敏雄と競って読んだ佐藤春夫の魅力とは?
▶ 庄野潤三『文学交友録』佐藤春夫との初対面を案内してくれた林富士馬
小沼丹│我が道を歩き続けた人生の盟友
生涯を通じて深い交流を続けていたのは、早稲田大学の英文学者でもあった作家・小沼丹である。
数々の作品に登場する小沼丹だが、名作短編「秋風と二人の男」に登場する「二人の男」は、庄野潤三と小沼丹がモデルとなっている。
▶ 庄野潤三『秋風と二人の男』庄野潤三と小沼丹が語り合ったビアホールの夜
福原麟太郞│日本史上最高の英国エッセイの第一人者
庄野さんが生涯リスペクトしていた英文学者・福原麟太郞は、数多くの著作を遺した偉大なエッセイストでもある。
『永遠に生きる言葉』や『命なりけり』など、福原麟太郞の著作は、数多く庄野文学にも登場している。
▶ 福原麟太郞『命なりけり』心臓病による緊急入院と奇跡の復活
阪田寛夫│庄野潤三の最も良き理解者だった愛弟子
庄野潤三をこよなくリスペクトする一番弟子。
庄野潤三とは、作家デビュー前の民間企業時代から職場の同僚だった。
『庄野潤三全集』の月報に連載した庄野文学論は『庄野潤三ノート』として出版されている。
次女・内藤啓子による『枕詞はサッちゃん』が、作家の死後に出版された。
▶ 阪田寛夫『庄野潤三ノート』庄野文学を読み解くための最大の解説書
▶ 内藤啓子『枕詞はサッちゃん』夫婦喧嘩と精神科入院の壮絶人生
庄野潤三マニアのための「年譜」と「全著作リスト」
庄野潤三をメインテーマとする『時空標本』では、庄野潤三のマニアックな年譜と、全著作リストを作成している。
庄野潤三の世界を極めるための案内図としてご活用いただきたい。
超マニアック年譜|作品とライフイベントを網羅する
庄野潤三の全作品から独自に作成したマニアックな年譜。
著作物の出版や作品の連載はもちろん、重要なライフイベントについても可能なかぎり掲載している。
▶ 庄野潤三の年譜│日本最大のマニアックな庄野潤三クロニクル
全著作リスト|アンソロジーから全集まで、全記事へのインデックス
庄野潤三単独名義のみならず、アンソロジーや文学全集も含め、これまでに出版されたすべての著作物をリスト化。
作品集については収録作品名を、長編については「章タイトル」を記載しているので、読みたかった作品を探すときにも活用できる。
▶ 庄野潤三の全著作リスト│短篇集の収録作品や長篇小説の章タイトルはここで確認