友部正人のベスト・アルバム『シングル コレクション』が発売された。
ミディ在籍時にリリースされた全シングル曲に加え、自主制作「グッドモーニングブルース」(1991)や、URCレコード時代の「もう春だね」「乾杯」(1972)を収録した、充実のコンピレーション・アルバムとなっている。
12月にミディから発売予定の「シングルコレクション」のマスタリングに立ち合いました。田園調布からタクシーで5分ほどのすてきな個人スタジオで、風間萌さんという若い女性がエンジニアです。このコレクションにはミディから発売された6枚のシングル盤すべてと、URC時代のシングル盤の2曲がボーナストラックとして入ります。(「友部正人公式サイト」2024/09/11)
1990年代の友部正人の魅力が、このアルバムには溢れている。
変容するファシズムへの警告
ところで、このアルバム、当初は2024年(令和6年)12月11日に発売される予定だった。
12月発売の「友部正人シングルコレクション」の打ち合わせで、ぼくとユミとデザイナーの坂村さんとで赤坂のミディレコードへ行きました。デザインはまだ白紙の状態。ジャケット、かっこよくなればいいな。7枚のシングル盤を集めて、15曲入りのフルアルバムになります。(「友部正人公式サイト」2024/10/02)
ところが、発売直前の11月下旬になって、突然、発売延期が告知される。
12月11日に発売になる予定だった「友部正人シングルコレクション」は、配売元のユニバーサルから楽曲「グッドモーニングブルース」に突如クレームがついて、発売がMIDI Creativeに変更になりました。もうマスタリングも済んでジャケットデザインも出来ていて、というタイミングで、91年の時と全く同じケースです(『ライオンのいる場所』の時)。発売日も来年1月15日に変更になりましたが、インディーズ販売になったので収録曲に変更はありません。(「友部正人公式サイト」2024/11/24)
レコード会社による、いわゆる「自主規制」があり、発売元を変更せざるを得なかったということらしい。
発売禁止の理由について、友部正人は「『グッド・モーニング・ブルース』の中のヒットラーという歌詞にクレームがついたそうです。といわれてもよくわかりませんが」と綴っている。
もともと「グッドモーニングブルース」は、アルバム『ライオンのいる場所』に収録される予定の作品だったが、レコード会社の自主規制により、発売することができなかったという因縁を持つ曲だ。
ニュー・アルバム『ライオンのいる場所』の完成目前の12月18日(1990年)、販売元のコロンビアより、突然クレームがついてしまいました。事前にきちんと歌詞を提出して、録音もMIXもマスタリングまで全て完了した段階でいきなりNGだなんて……。その歌は「グッドモーニング・ブルース」。問題となった箇所は、「♪差別用語でお金をもうけよう、レコード会社をおどしに行こう、その手はくわぬとレコード会社、ミュージシャンの口ふさぐ……♪」です。(友部正人「The Request Times」Vol.37 1991.1.11)
「グッドモーニング・ブルース」は、結局、ニューアルバムからは削られた。
問題の「グッドモーニング・ブルース」は友部正人オフィスより自主制作で発売します(CDシングル1曲のみ)。ああまた自主制作だ。だんだんくたびれてきたよー、と言ってもいられないさ。『ライオンのいる場所』の発売に合わせて出せるよう、大急ぎで作っているところです。出せないと歌がかわいそうだもんね。(友部正人「The Request Times」Vol.37 1991.1.11)
33年前に発売禁止となった作品が、今、また新たに、レコード会社の自主規制によって、発売禁止となってしまったのである。
そもそも、「グッドモーニングブルース」は、レコード会社の自主規制をストレートに批判した作品だ。
差別用語でお金をもうけよう
レコード会社をおどしに行こう
その手はくわぬとレコード会社
ミュージシャンの口ふさぐ
(友部正人「グッドモーニングブルース」)
人権保護団体からのクレームを過度に恐れるレコード会社が、無暗に「自主規制」を振り回す構図が、そこでは歌われている。
この歌詞は、1991年(平成3年)の『ライオンのいる場所』発売時に、コロンビアからクレームのついた部分だが、もちろん、この曲は、そんなシンプルな作品ではない。
いやなことがふりかかりそう
おれは気ままにやっていたいのに
いやなことがふりかかりそう
空はあんなに明るいのに
(友部正人「グッドモーニングブルース」)
一連目の歌詞は、RCサクセション「空がまた暗くなる」を思い出させる(1990年の『Baby a Go Go』収録)。
おとなだろ 勇気をだせよ
おとなだろ 知ってることが
誰にも言えないことばかりじゃ
空がまた 暗くなる
(RCサクセション「空がまた暗くなる」)
「グッドモーニングブルース」の主題は、変容するファシズムへの警告である。
歴史はヒットラーを地面に埋めた
だけど殺しはしなかった
歴史はヒットラーを地面に埋めた
だけど眠らせただけだった
(友部正人「グッドモーニングブルース」)
「ヒットラー」はファシズムの象徴であり、「地面に埋めた」「眠らせただけだった」というフレーズが、ファシズムが再来する可能性を示唆している。
いやな君が代 無理やり歌わせる
心がうすら寒くなる
いやな日の丸 無理やり揚げさせる
心が貧しくなっていく
(友部正人「グッドモーニングブルース」)
「君が代」や「日の丸」の強要も、大日本帝国時代のファシズムへとつながっていく。
しかし、現代のファシズムの恐ろしさは、もっと見えないところにあるのではないだろうか。
差別用語でお金をもうけよう
レコード会社をおどしに行こう
その手はくわぬとレコード会社
ミュージシャンの口ふさぐ
(友部正人「グッドモーニングブルース」)
現代のファシズムの恐ろしさは、善と悪との区別が難しいことである。
正義の仮面を被ったファシズム
人権保護団体は、善良なる市民を守る立場から差別用語を検閲し、レコード会社にクレームを入れる。
一見して正義なる行為は、ときに、正義の仮面を被ったファシズムへと変貌する危険性を孕んでいるのではないだろうか。
友部正人は、過去、何度も、レコード会社の自主規制により、発売禁止の苦汁をなめてきたミュージシャンだ。
サード・アルバム『また見つけたよ』(1973)は、「なんて酸っぱい雨だ」の歌詞が問題となった(「黒ン坊さん」)。
4枚目『誰もぼくの絵を描けないだろう』(1975)のときは、「長いうで」にクレームがついた。
1万円札をつかむかじかんだ指
ポケットの中には
はずかしいものがいっぱいつまってる
しあわせを守る共同の秘密とやらが
ぼくを四つ足で歩かせる
(友部正人「長いうで」)
「四つ足」という言葉が、差別用語に該当するという判断だったらしい。
さらに、5枚目『どうして旅に出なかったんだ』(1976)でも、「びっこのポーの最後」が引っかかった。
びっこのポーのひき裂かれた足
アイスピックでかきまわされたような目玉
月を二つ折りにしたような野心
かぞえるだけでも絞殺のようなその手口
ねえ びっこのポー
あんたのやっていることは嘘ばっかりだ
あんたはただ死んだメキシコ人たちの
手首を乾かして売っているだけだ
(友部正人「びっこのポーの最後」)
言葉の持つ歴史を考えたとき、その言葉でしか表現することのできないものがある。
言葉にこだわらなくなったとき、それは、もはや「詩」ではないし、その人は、もはや「詩人」ではないのだ。
友部正人は詩人であり続けるために、言葉にこだわり続けている。
誰もが知らん顔をし始めている
あんたはやばいことをしているみたいだよ
誰もが知らん顔をし始めている
命を金庫にしまっておくのが一番さ
(友部正人「グッドモーニングブルース」)
問題は「誰もが知らん顔をし始めている」ことだ。
問題の本質について議論せず、相手の顔色をうかがいながら、危なそうな道は、あらかじめて避けて通る。
一見して賢いように見える、このやり方は、実は、自分たちの首を絞めかねない、危険な方法でもあった(忌野清志郎も「♪誰にも言えないことばかりじゃ、空がまた暗くなる~」と歌った)。
「あんたはやばいことをしているみたいだよ」にある「あんた」は、つまり、我々自身のことだ。
余計な軋轢を避けるために沈黙していると、なし崩し的に、世の中が窮屈になっていく(かつて、中川五郎が「♪沈黙は共犯だと責め立てる~」と歌っていたことを思い出そう)。
野蛮な奴等がまともに見えてくる
ほかに誰もがしゃべったりしなければ
野蛮な奴等がまともに見えてくる
ルールは平気でねじまげられる
(友部正人「グッドモーニングブルース」)
「野蛮な奴等」とは、つまり、きちんと自己主張をして、前向きな議論をすることのできる連中である。
沈黙の時代、議論を求めて自己主張する連中は、みな「野蛮な奴等」と呼ばれるのだ。
「君が代」も「日の丸」も「差別用語」も、我々自身の首を絞めかねないという意味においては、みな同じ「重量違反のモスキート」だった。
南に向かう列車の中で
おれは夜明けとすれちがう
ミッドナイトスペシャルに乗って
グッドモーニングブルースを歌ってる
(友部正人「グッドモーニングブルース」)
「夜明けとすれちがう」主人公(おれ)は、時代に逆行して疾走する「ミッドナイトスペシャル」だ。
夜明けに逆行するミッドナイトスペシャルが「グッドモーニングブルースを歌ってる」を歌っているところに、友部正人というアーチストの決意がある。
この歌は、紛れもなく(1990年代という)時代に対する挑戦状だった。
それは、同時に、2020年代という時代に対する挑戦状でもある。
なぜなら、この30年間、社会は少しも変わらなかったし、静かなファシズムは、今もどこかでひっそりと進行しているかもしれないからだ。
「グッドモーニング・ブルース」はMOJO CLUB+リクオのメンバーで、ノリの良いブルースです。友部はギターソロまでやっている(どの部分かわかるかな)。ニュー・アルバムを買ってくれるはずの人はこのシングルも買ってください。11曲そろってやっと『ライオンのいる場所』になるはずです。(友部正人「The Request Times」Vol.37 1991.1.11)
古いフォークソングファンに「グッドモーニングブルース」は、中川五郎の歌った「殺し屋のブルース」(1969)を連想させるブルースロックだ。
そこには、時代に抗う芸術家の姿がある。
この年、友部正人は41歳だった。