片岡義男『きみを愛するトースト』には、あの懐かしい80年代の空気が漂っている。
1989年(平成元年)に出版された文庫本だから、当たり前といえば当たり前かもしれない。
タイトルを見ているだけで楽しい56本のエッセイたち。
あの時代を生きた若者たちにとって、片岡義男とは何だったのか?
今回は「僕たちが辿り着けなかった未来の標本」として、80年代の若者文化を牽引した作家のライフスタイルについて考察してみたい。
薄い文庫本に56本のエッセイ
片岡義男といえば、アメリカ文化の紹介者として忘れることのできない重要人物だ。
『ポパイ』や『ブルータス』といった男性情報誌でアメリカ文化を特集するときには、必ずと言っていいほど「片岡義男」の名前があった。
『ブルータス』なんて「片岡義男と一緒に作ったブルータス」(1981)などという特集までやってしまったほどだ。
一方で「片岡義男」という名前は、角川映画とセットで語られることも多い。
『スローなブギにしてくれ』『メイン・テーマ』『ボビーに首ったけ』『彼のオートバイ、彼女の島』と、ぼくの小説をきっかけにして角川映画ですでに四本もの映画が制作され、一般に公開されてきた。(片岡義男「映画について学んだ日々」)
『ポパイ』や『ブルータス』で巷のシティ・ボーイから篤く支持されていた流行作家は、角川映画によって80年代のカルチャー界を牽引する存在となった。
たくさんの著作が発行され、街の書店には「片岡義男」という名前が並んだ。
片岡義男の凄いところは(そしてある意味で面倒なところは)、どれだけの著作があるのか正確には把握できない、ということだ。
公式サイト『片岡義男.com 全著作電子化計画』では、片岡義男の全著作を電子書籍化する計画が進められているが、最終的にどれだけの「全著作」が電子化されるのか、楽しみにしている読者も多い(はずだ)。
本作『きみを愛するトースト』は、1989年に角川文庫から出版されたエッセイ集である。
どの作品も短くて、薄い文庫本の中に56本ものエッセイが収録されている。
当時は、雑誌や新聞の隙間を埋めるように、人気作家の作品が掲載された。
とにかく「文章」が大きな影響力を持った時代で、雑誌の広告にさえ人気作家の文章が起用されていたほどだ。
小説ともエッセイとも区別の難しいような作品が、マスメディアには溢れていたらしい。
目次に並んだタイトルを読むと、その意味が理解できる。
「テキーラの陽が昇る」「彼女の部屋の、ジャズのLP」「白い、半袖のシャツ」「海岸でキャッチ・ボールをした日」「明日の朝、私も泳ぎます」「ふたりは一九六六年を思い出す」「映画とヒット・ソングと、大事な彼女」「きみを愛するトースト」──。
まるで角川映画のタイトルのようにオシャレな言葉が、そこには並んでいる。
短いがゆえに印象的な言葉というのは、まさしく(当時の)片岡義男が支持された大きな理由の一つだったかもしれない。
「軽薄短小」と揶揄されたように、なにしろ「短いこと」が喜ばれる時代だった。
時間の流れるスピードが早すぎて、ゆっくりと本を読む時間も取れない生活の隙間で、人々はそんな「短い文章」を好んで読んでいたのだ。
好景気がフィクションを現実に変換していた
小説ともエッセイとも区別が難しいのはタイトルだけではない。
ある年の夏、パリの消印で、彼女からぼく宛てに、一通の封書が届いた。(略)その封筒のなかには、一枚の紙が入っていた。彼女がいつも使っているバインダー式の手帳から、ぼくの誕生日である三月二十日のページだけを、はずしたものだった。(片岡義男「パリから一通の封書が届いた」)
裏面は三月十九日であり、表面の三月二十日とともに、彼女の筆跡による英語とフランス語のメモが、びっしりと書きこまれていた。
片隅には「あなたの誕生日に、あなたのことを思っています」と、日本語で書き添えられたメッセージ。
この一枚の紙を、ぼくは大切にしていた。しかし、いまはもうない。なにかの本にはさんだまま、それがどの本だか忘れてしまい、捜してもみつからない。(片岡義男「パリから一通の封書が届いた」)
まるで映画のワンシーンのような、この情景は、しかし、エッセイである(のはずだ)。
フィクションの世界を日常生活という現実に持ちこむのが、「片岡義男」というライフ・スタイルだった。
「あの店でコーヒーを飲みたい」は、一杯のコーヒーを飲むためだけにハワイへと出かけるエピソードだ。
コーヒーといっしょにとったドーナツをすこしずつ食べていると、受け持ちのウエイトレスは「イズ・エヴリシング・オールライト?」と、きいていく。すくなくともぼくにとっては、これ以上ではあり得ないほどに、すべてがオール・ライトだ。(片岡義男「あの店でコーヒーを飲みたい」)
バブル時代というのは、現代以上にグローバルな時代で、人々はいとも日常的に海を越えて海外へと出かけていった。
ある意味では「好景気がフィクションを現実に変換していた」と言えるかもしれない。
日常をフィクション化していたわけではない。
日本社会そのものが、現実を越えてフィクション化していたのだ。
「十二年まえの、その雨の日、私はなにを着ていたかしら」と彼女がきいた。「スカートとシャツ」(片岡義男「白い、半袖のシャツ」)
作品の中に女性が登場すると、片岡義男のエッセイは、ますます小説化していく。
もしかすると、片岡義男の小説は、「片岡義男」というライフ・スタイルを再現しただけのものだったのだろうか。
そんな錯覚が「物語」の向こう側に広がっていく(これはもう「物語」だ)。
「ひとつの短いストーリーについて、考えたい」「まかせて。ストーリーのひとつやふたつ、私が作ってあげるわ」「いつもとおなじように、今夜もきみは素晴らしい」(片岡義男「水の上に漂う煙」)
フロアが三層構造になったバーのカウンターで、二人は「ストーリー」について話し合い、最後に乾杯する。
あるいは、女性は編集者で、ふたりは仕事の話をしていただけなのかもしれない。
しかし、ひとたび「片岡義男」という世界に足を踏み入れてしまえば、日常が美しい物語になるということを、きっと作者は知っていたのだ。
まとめ│大人になるということ
大人になれば「片岡義男」のような世界が待っていると、誰もが信じていた。
オシャレで洗練されていて、ハードボイルドだけどちょっとセンチメンタルな物語世界。
あの頃「片岡義男」は、若者たちの夢(ロール・モデル)だったのだ。
もちろん「片岡義男」のような未来はやってこなかった。
あれからすぐにバブル経済は崩壊して、若者だった僕たちは「暗黒の30年」と呼ばれることになる平成時代を生きていかなければならない。
僕たちが「片岡義男」から学んだものは「大人はカッコよくなければならない」という、ライフ・スタイルだった(あのフィッリプ・マーロウのように)。
久しぶりに『きみを愛するトースト』を読み返しながら、僕は考えている。
僕たちは「片岡義男」のように「カッコいい大人」として生きることができているのだろうかと。
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