男ってなんだろう?と思う瞬間がある。
そんなときは、東直己の『バーにかかってきた電話』を読むといい。
男というのは、つまり、瘦せ我慢を誇る生き物のことなのだ。
深夜の映画撮影現場
あれは、いつの頃だっただろうか。
深夜だというのに電車事業所の辺りが賑やかなので様子を見にいくと、映画の撮影をしているという。
大泉洋と松田龍平が出演する『探偵はBARにいる』という映画だった。
当時、東直己の「ススキノ探偵シリーズ」は札幌市民にも人気があって、映画も注目を集めていたらしい。
派手に乱闘しているシーンを撮影しているらしく、照明を浴びて、その一角だけが妙に眩しかった。
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『ダンス・ダンス・ダンス』というデジャブ
紛らわしい話だけれど、映画シリーズ第一作『探偵はBARにいる』の原作小説は、小説シリーズ二作目の『バーにかかってきた電話』だった。
『探偵はバーにいる』は、小説シリーズ一作目のタイトルだったが、映画化するにあたり、二作目『バーにかかってきた電話』の方が優れていると判断されたらしい。
いずれにしても、「ススキノ探偵シリーズ」は、札幌の繁華街「すすきの」を舞台とするハードボイルド小説である。
久し振りに『バーにかかってきた電話』を読み返していると、やたらと村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』が思い出された。
全然似ているはずがないのに、全然似ていないというわけでもない。
どちらの作品も、再開発が続く80年代の札幌の街が舞台になっていて、そうした時代性が、小説の主題と密接に関わり合っている。
広い意味で彼らは、80年代の札幌の重要な証言者だったのだ。
もちろん、『バーにかかってきた電話』と『ダンス・ダンス・ダンス』との共通点は、それだけではない。
レイモンド・チャンドラーへのオマージュ
最も大きな共通点は、どちらの作品も、レイモンド・チャンドラーの大きな影響の中から生まれてきた作品だった、ということだ。
日本版ハードボイルド小説としての「ススキノ探偵シリーズ」は明らかにレイモンド・チャンドラーを意識しているし、なにより『バーにかかってきた電話』にはテリー・レノックス(のセリフ)が登場していた。
I like bars just after they open for the evening. とテリー・レノックスは言った。いい言葉だと俺も思う。(東直己「バーにかかってきた電話」)
「I like bars just after they open for the evening」というテリーの言葉を、村上春樹は「夕方、開店したばかりのバーが好きだ」と訳している(『ロング・グッドバイ』)。
「ギムレットには早すぎる」の名言で知られるテリー・レノックスは、レイモンド・チャンドラーの代表作『長いお別れ』の中で、主人公フィリップ・マーロウと飲み友だちだった。
「長いお別れ」とは、マーロウとテリーとの永遠の決別を意味している。
『バーにかかってきた電話』の主人公が「ケラー・オオハタ」でギムレットをオーダーしてるのは、懐かしき『長いお別れ』へのオマージュとして読むことができる。
村上春樹がレイモンド・チャンドラーの作品に大きな影響を受けていたことは広く知られているとおりで、『羊をめぐる冒険』もまた『長いお別れ』へのオマージュ作品だった。
彼らに共通していることは、いつの間にか事件に巻きこまれて、それでもなお、自ら身を引くことができない、というストーリー展開だった。
ハードボイルドに生きるために
ポイントは、自分に不利益だと分かっていながら、自ら身を引くことができない男たちの生き方である。
彼らは効率的ではなく、打算的でもなく、生産的でもない。
ただ「自分が男である」という理由だけによって(女性のために)自ら危険の中へと入りこんでいく。
「トレンディじゃないんだ」と言ったのは、『ダンス・ダンス・ダンス』の主人公だった。
トレンディな生き方ではないことを知りながら、彼らは危険の前から立ち去ることができない。
そこに(彼らなりの)男の美学がある。
そして、彼らにその美学を遺した男こそ、レイモンド・チャンドラーによって作られた私立探偵フィリップ・マーロウだった。
時代や国境を越えて、多くの男たちが「フィリップ・マーロウという生き方」に魅せられて、フィリップ・マーロウのように生きようとした。
『バーにかかってきた電話』と『ダンス・ダンス・ダンス』に共通しているのは、トレンディではない彼らの生き方である。
解説の早川書房編集部は、そんな生き方を「瘦せ我慢(ハードボイルド)の美学」と呼んだ。
僕たちを惹きつけているのは、賢く生きることのできない、そんな彼らの生き方だった。
男とは何だろうと考えるとき、僕はいつでも彼らのことを思い出す。
ハードボイルドという名のやせ我慢の中で生きた、フィリップ・マーロウの子孫たちのことを。
そして、時として男には「カッコつける」ということも必要なのかもしれないと思うのだ。
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