太宰治『斜陽』は、生きづらい世の中に再生を賭けた女性の物語だった。

タイトル「斜陽」には、再生を願う女性の誓いが込められている。

この記事では、本作『斜陽』のタイトルの意味について深掘りしながら、作者・太宰治がこの作品で伝えたかったテーマについて、丁寧に考察していきたい。

なお、本作『斜陽』のあらすじや登場人物、実在モデルなど執筆背景については、次の記事で詳しく解説しています。

太宰治『斜陽』あらすじ・登場人物・時代背景を解説|実話なのか徹底考察

「斜陽」という壮大なメタファーの意味

この作品のテーマは「斜陽」というタイトルによって、如実に表現されている。

①「没落貴族」の悲劇

この物語で一義的に語られているもの、それはかず子や直治の「母」に代表される特権階級の没落である。

敗戦により、世の中の価値観がひっくり返されたとき、「貴族」として生きてきた彼らは、もう「貴族」として生きていくことはできない。

チェーホフが戯曲『桜の園』で描いたように、彼らもまた「没落貴族」だったのだ。

自らも上流階級として生きてきた作者・太宰治は、「堕ちていく貴族」を「沈む夕陽」になぞらえて「斜陽」の名をタイトルに据えた。

「斜陽族」の流行語は没落階級に与えられた新たな称号である。

※没落階級の悲劇については、次の記事で詳しく解説しています。

【文芸考察】太宰治『斜陽』直治の遺書「僕は貴族です」──生き残れなかった、最も純粋な人間

②「かず子」の再生

一方で、作者は、主人公の女性・かず子に再生の道を示した。

古い価値観を打ち破り、世の中と戦って生きていくことの可能性である。

かつての貴族が「没落階級」のままで終わっていくことを、太宰は看過できなかったに違い。

その意味で『斜陽』は、堕ちていく貴族たちによる「復讐」の物語だった。

沈む夕陽が翌朝には再び昇るように、かず子もまた再び昇る太陽である。

沈む夕陽である「斜陽」には、再び昇る「朝陽」への希望が込められていたと言っていい。

絶望の物語である「斜陽」が希望の物語へと変換されるとき、作者の意図は決定的に達成されたと言っていい。

「斜陽族」の流行語の裏側には、そんな希望の物語があったのだ。

※かず子の再生については、次の記事で詳しく解説しています。

【文芸考察】太宰治『斜陽』かず子の名言「恋と革命」──貴族の誇りが選んだ、静かな復讐

③ 日本の「復興」への祈り

それにしても太宰治は、なぜこのような「絶望と希望」「崩壊と再生」の物語を書かなければならなかったのだろうか?

簡単に言えば、それが世の中の要請だったから、ということになる。

敗戦によって日本社会は荒廃し、大きな価値転換の中で人々は戸惑っていた。

戦前の正義が通用しない戦後社会を、人々は困惑と疑惑の目で見つめていたのだ。

太宰治の『斜陽』は、戦後の混沌とした時代を生きる人々に、明確な希望を与えた。

かつての大日本帝国は滅亡し、新しい日本国が生まれる。

崩壊と再生のプロセスを分かりやすく物語化し、市民に示した作品が『斜陽』だった。

この作品によって、太宰治は「人気作家」の地位を獲得し、読者は明日への希望を手に入れる。

④「斜陽族」から「太陽族」へ

作品タイトル「斜陽」は壮大なメタファーである。

没落貴族の悲劇があり、かず子の再生があり、「旧・大日本帝国」の崩壊と「新・日本国」の再生とが、そこにはあった。

「沈む夕陽」に祈りを込めるように、太宰治は『斜陽』を世へと送り出したのである。

やがて、日本の復興は進み、『斜陽』から8年後の1955年(昭和30年)には、石原慎太郎の『太陽の季節』が生まれた。

石原慎太郎の『太陽の季節』からは「太陽族」なる流行語が生まれ、かつての「斜陽族」の時代が、いつしか遠い昔になったことを印象付けている。

崩壊から再生へ──。

日本は着実に再生の道を歩み続けていた。

かつて『斜陽』の中で予言されたように、新しい「かず子」たちが、新しい日本を生み出そうとしていたのである。

『斜陽』が伝えようとしているもの

作者・太宰治は、本作『斜陽』によって何を伝えようとしているのか?

① 没落貴族への鎮魂歌

ひとつには「没落貴族の悲劇」がある。

敗戦によって堕ちていった特権階級の歴史を、太宰は『斜陽』という作品によって、美しく化石化することに成功した。

これが『斜陽』の最も基本的なテーマだったと言っていい。

本作『斜陽』は、作者・太宰治が没落貴族へと捧げる、最後の鎮魂歌だったのだ。

②「新しい時代」に対する祈り

次に、太宰治は敗戦の中から生まれる「新しい国」を信じていた。

「貴族が追われていく中で生まれるもの」の可能性を、太宰治は信じていたのだろう。

戦争で死んだ若者たちが、日本の勝利を信じていたように、堕ちていく貴族の一人である太宰治もまた、「新しい国」の復興を信じていた。

作者が『斜陽』に込めた祈りが、ここにある。

本作『斜陽』が伝えようとしているものは、「新しい時代」に対する祈りだった。

何もかもが「嘘」になっていく世の中で、太宰治は「明日への希望」だけを信じようとしていたのかもしれない。

まとめ│繰り返される歴史の中で

敗戦に沈んだ「斜陽」は、その後、どうなったのだろうか?

焼け跡に沈んだ斜陽は、やがて戦後の復興とともに朝陽となって昇りはじめ、日本を照らす高度経済成長をもたらした。

しかし、敗戦が遠い歴史となった時代、バブル景気の崩壊により、日本は再び「斜陽」という光を浴びなければならない。

それは、忘れていた、あの懐かしい「絶望の光」だった。

そして、今、「失われた30年」という暗黒時代を経て、なお、日本は「新しい朝陽」を見つけられないでいる。

繰り返される歴史──。

敗戦の時代よりも、ずっと豊かな暮らしの中で、僕たちは息を殺すようにして、自分たちの「生きづらさ」と向かい合っている。

「令和」という斜陽の時代の中で、新しい太宰治の誕生を待ち続けながら。

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本作『斜陽』のあらすじや登場人物、実在モデルなど執筆背景については、次の記事で詳しく解説しています。

太宰治『斜陽』あらすじ・登場人物・時代背景を解説|実話なのか徹底考察

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