現代日本文学

朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』考察|ファンダム経済とイシグロの警告

朝井リョウ イン・ザ・メガチャーチ 考察とファンダム経済の解説

朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』は「ファンダム経済」についての小説である。

同時に、この作品は「ファンダム経済」だけについて書かれた物語でもない。

かつて『何者』でSNS時代の自意識を描き、『正欲』で多様性の欺瞞を可視化した作者が、今作で提示したものは「我々は何によって救われ、何によって分断されるのか」という、新たな問いだった。

本作『イン・ザ・メガチャーチ』は、構造的に3つの大きな物語として読むことができる。

  • ファンダム経済:推し活という名の新たな市場構造
  • 現代人の孤独:観測されなければ生きられない人々の空虚
  • 分断を促す物語の力:救済と背中合わせの危うさ

今回は、以上3点の視点に立って、ノーベル賞作家イシグロ・カズオが提言する「物語の脅威」も参考にしながら、この物語を構造的に考察してみたい。

Contents
  1. 『イン・ザ・メガチャーチ』のあらすじと物語の核心
  2. 主な登場人物
  3. 朝井リョウが暴く「ファンダム経済」の正体とは?
  4. 現代を蝕む「ファンダム経済」とは何か?
  5. 【考察2】現代人の孤独と「メガチャーチ」の役割
  6. 【考察3】イシグロ・カズオが警告する「物語」の脅威
  7. 物語に流されずに生きるには?|希望の象徴「ユリちゃん」
  8. よくある質問(FAQ)
  9. まとめ|暗黒ニッポンの絶望と、その先にある「未来への希望」
  10. 次に読んでほしいおすすめ記事│朝井リョウ作品

『イン・ザ・メガチャーチ』のあらすじと物語の核心

はじめに、物語のあらすじを簡単に振り返ってみたい。

神のいない国の「メガチャーチ」

華やかな音楽と熱狂的な信者たち。それが、現代社会における救済の場「メガチャーチ(巨大な教会)」だ。

神のいないこの国で人を操るには「物語」を使うのが一番いい──。

そんなメガチャーチの熱狂を背景として、本作はSNS社会に生きる3人の男女の孤独を描き出していく。

何かに帰依しなければ生きていけない現代人

ビジネス、推し活、陰謀論……。

信じるものは違っても、彼らはみな「何かに帰依しなければ生きていけない」切実な痛みを抱えている。

彼らは、なぜ「物語」に惹きこまれていくのだろうか。

物語の本質とは何か?

そこに描かれているのは、我々が無意識のうちに飲み込まれているらしい「物語」の正体である。

現代社会を読み解くということは、つまり、「物語」を読み解くということでもあったのだ。

ファンダム経済の物語は、やがて「暗黒ニッポン」の闇の中へと落としこまれていくことになる。

なぜ朝井リョウは、この物語の舞台を『巨大教会(メガチャーチ)』に見立てたのだろうか。

その背景には、現代社会の日常に深く根を張る『ファンダム経済』の地獄が隠されていた。

主な登場人物

登場人物 特徴・抱えている孤独
久保田 慶彦 冴えない日々を送るビジネスマン。メガチャーチの放つ「物語」に魅了され、自らの居場所を見出そうとする。
武藤 澄香 周囲とのズレを感じている女子大生。「推し活」に没頭することで自分を保とうとするが、その境界線は曖昧になっていく。
隅川 絢子 大切な「推し」を失った非正規社員。深い喪失感の隙間に、ある種の「陰謀論」が救いとして入りこんでいく。
ユリちゃん 澄香の友人。特定の物語に依存せず、独自の価値観で生きる。本作において「物語に流されない強さ」を象徴する重要人物。

朝井リョウが暴く「ファンダム経済」の正体とは?

『イン・ザ・メガチャーチ』を読み解く上で、最初に欠かせないキーワードが「ファンダム経済(Fandom Economy)」だ。

一般的にファンダム経済とは、熱心なファン(ファンダム)による消費活動が経済を動かす仕組みを指す。

しかし、本作で描かれているのは、そのようにポジティブな経済構造ではなく、「個人の救い」がビジネスシステムへと回収されていくネガティブな側面である。

「推し活」は純粋な善意か、それとも承認欲求の代替品か

現代社会において「推し活」は、孤独を埋めるための有力な手段となっている。本作の登場人物たちがある種の「物語」へとのめり込んでいく姿は、まさに我々自身の姿だったと言っていい。

SEOの観点からも、昨今「推し活 疲れ」「推し活 宗教」といった検索クエリが増加している背景には、「好き」という感情が、いつの間にか「支えなければならないという義務感」へと変質してしまう「危うさへの共感」がある。

メガチャーチ化するコミュニティの危うさ

タイトルにある「メガチャーチ」とは、数万人規模の信者を持つ「巨大教会」のことだ。

そして、本作において「メガチャーチ」は、SNSやオンラインサロンを通じて形成される「排他的な熱狂コミュニティ」のメタファーとして機能している。

情報のタコ壺化: 同じ価値観を持つ人間だけで繋がり、異論を排除する。

経済的搾取: 「推しへの献金」の本質は、巨大な資本主義の歯車の一部である。

物語の独占: 自分の解釈こそが正義であると信じ込み、他者の物語を否定する。

本作において、作者・朝井リョウは、こうした「メガチャーチ」の構造を「物語の力」という視点に重心を置いて、「功罪両方の側面」から描き出している。

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現代を蝕む「ファンダム経済」とは何か?

以下、『イン・ザ・メガチャーチ』について、3つの視点から考察していきたい。

経済小説として読む『イン・ザ・メガチャーチ』

はじめに、本作『イン・ザ・メガチャーチ』は「ファンダム経済」について書かれた経済小説である。

そこでは、「推し活」に象徴される2010年代の「ファンダム」が、解像度高く記録されている。

ファンダム経済を知らない人も、この小説を読むことによって、大まかな輪郭を把握することができるので、「現代社会の一面を理解する」という意味において、本作は非常に有意義な作品となっている。

SNS社会のリアリティ|『何者』『正欲』から続く朝井リョウの系譜

ファンダム経済を支えるSNSの構造についても、この小説はきめ細かく描写していく。

かつて『何者』でツイッター社会を描き、『正欲』でYOU TUBE社会を描いたように、本作『イン・ザ・メガチャーチ』では、様々なSNSと現実社会が地続きで連なる様子が描かれている。

こうした社会構造の分析は、その中で生まれる「物語」の本質へと繋がる重要な要素だ。

【考察2】現代人の孤独と「メガチャーチ」の役割

本作の登場人物は、みなそれぞれに「孤独」を抱えている。

孤独なままで生きていくことはできない現代社会

冴えないビジネスマン・久保田慶彦も、仲間たちから浮いてしまった女子大生・武藤澄香も、そして、大切な推しを失った非正規社員・隅川絢子も、彼らはみな、それぞれに孤独だ。

その孤独は、同じ時代を生きる我々自身の孤独でもある。

彼らは、孤独を抱えたままで生きていくことはできない。

孤独のままに生きていくことができるほど、現代社会は優しくないからだ。

なぜ「救い」が必要なのか?|久保田・澄香・絢子が抱える孤独の共通点

彼らは、孤独な生活から逃れるために「救い」を求めている。

慶彦にとってのファンダムや、澄香にとっての推し活、隅川絢子にとっての陰謀論は、それぞれに、彼らの「救い」として機能している。

「ずっと我に返ったまま生きるにはこの世は殺伐としすぎていますし、人間の寿命は長すぎますから」(朝井リョウ「イン・ザ・メガチャーチ)」)

そこには「救い」がなければ生きていけないという、現代社会の弱さがある。

日本版メガチャーチとしての「仕事・推し活・陰謀論」

彼らにとっての「救い」は、日本における「メガチャーチ」である。

巨大な教会(メガチャーチ)は、現代アメリカ社会を生きる若者たちに対して、心地良い居場所を提供する存在だ。

宗教のない日本では「仕事」「推し活」「陰謀論」が、「メガチャーチ」としての役割を担っている。

それが、すなわち「物語」だった。

経済不況と生きづらさ|登場人物たちは「現代社会の被害者」か

メガチャーチの背景となっているのは、現代社会の「生きづらさ」である。

「結局皆、信じるものが欲しいんだと思います。特に、この社会は生きづらい、自分はこの世界に不当に扱われていると感じているほど」(朝井リョウ「イン・ザ・メガチャーチ)」)

1990年代以降続く経済不況の中、社会は格段に生きづらくなった。

登場人物たちは、みな現代社会の被害者でしかない。

だからこそ、彼らは求めているのだ。

巨大な教会のように自分たちを受け容れてくれる温かい居場所を。

【考察3】イシグロ・カズオが警告する「物語」の脅威

この物語において「物語」は、ひとつの大きなキーワードとなっている。

「分断」に対抗する物語

「物語には“分断”に対抗する力がある」と言ったのは、ノーベル賞作家のイシグロ・カズオだ。

一方で、彼は、物語の持つ危険性についても指摘している。

現在のように分断された世界では、感情を揺さぶる物語を作るときに気をつけるべきことがあります。その感情を常に『真実』に結びつけることです。(ノーベル賞作家が語る「創作の意義」と「次世代への期待」/『クーリエ・ジャポン』2022.12.25)

「持つに値しない感情を意図的に揺さぶろうとする企てからは、身を守らなければなりません」「そのためには、映画、本、テレビなどのコンテンツに批判的になることが求められます」と、彼は続けている。

物語が促進する分断

イシグロ・カズオの発言は、逆に言うと「社会的な分断を促進する物語の脅威について語ったもの」と、とらえることもできる。

「映画、本、テレビなどのコンテンツ」に、批判的になることさえできない現代人の孤独。

そして、そんな物語の持つ脅威を物語化した作品こそ、本作『イン・ザ・メガチャーチ』だったのだ。

物語に溢れる現代社会

現代社会は「物語」に溢れている。

今や、人々の心を動かすのは「理屈」ではなく「物語」である。

「神がいないこの国で人を操るには、”物語”を使うのが一番いいんですよ」(朝井リョウ「イン・ザ・メガチャーチ」)

ファンダム、スマホゲーム、選挙活動、そして戦争に至るまで、そこには常に「物語」があった。

現代社会にとって「物語」は「救い」にもなり、「脅威」にもなり得る存在だったのだ。

物語に流されずに生きるには?|希望の象徴「ユリちゃん」

「間違った物語」に取りこまれることの危険性を、この物語は警告している。

視野狭窄という幸福

物語に取りこまれた人々は、常に「狭い視野」でしか、世の中を見ることができない。

むしろ、彼らは、自分に都合の悪いものを見たくないが故に、あえて「狭い視野」を持とうとしているのだ。

現実を直視できるほど、現代社会は優しくはなかった。

錯覚による広い視野

恐ろしいのは「自分だけは広い視野を持っている」という間違った自信だ。

登場人物たちは、それぞれに「自分だけは大丈夫」という錯覚に陥っている。

あるいは、そこにも、同じ時代を生きる我々の姿が映しこまれていたかもしれない。

朝井リョウの分身?|ユリちゃんというキャラクターが示す生存戦略

最も広い視野を持つ登場人物として、武藤澄香の友人・ユリちゃんがいる。

「作者・朝井リョウの分身」とも言うべきユリちゃんは、視野にこだわらない生き方故に、社会の生み出す「物語」に流されることがない。

自分の価値観の中で生きるユリちゃんは、本作『イン・ザ・メガチャーチ』における希望のヒロインである。

つまり、現代社会において「物語」に流されないことは、強く生きるための重要な要素だったのだ。

よくある質問(FAQ)

作品を深く理解するために、主要な疑問点を整理しておきたい。

Q:『イン・ザ・メガチャーチ』のタイトルの意味は?

A:巨大な教会(メガチャーチ)のように、特定の物語や推し対象を熱狂的に信奉することで形成される、閉鎖的かつ巨大な共同体を象徴している。

Q. メガチャーチは何の比喩?

A. 宗教の代わりに人を受け入れる「居場所」の比喩(仕事・推し活・陰謀論)。

Q. ファンダム経済とは簡単に言うと?

A. 「好き」を課金・拡散・所属へ変換し、市場として回す仕組み。熱心なファン(ファンダム)による消費活動が経済を動かしている。

Q. 『イン・ザ・メガチャーチ』は推し活を否定している?

A. 否定というより「救いとしての機能」「システムとして利用される危険」という功罪両面から描かれている。

Q. イシグロ・カズオの「物語の危険」と何がつながる?

A. 分断の時代ほど、物語には「感情を真実へ結びつけなければいけない」重い責任がある、という警告。

Q:この作品と『正欲』の関連性は?

A:どちらも「他者には理解されない独自の価値観や繋がり」をテーマにしている。

本作では、それが「経済(ビジネス)」と結びついた際の「歪み」がより強調されることになった。

まとめ|暗黒ニッポンの絶望と、その先にある「未来への希望」

本作『イン・ザ・メガチャーチ』は、暗く悲しい物語である。

現代社会の「見たくはない部分」を、朝井リョウは、これでもかと見せつけてくる。

そして、それが、90年代から続く「暗黒ニッポンの現実」である。

1989年生まれの朝井リョウは、まさしく「暗黒ニッポン」の申し子として、現代社会の闇を描き続けてきた。

大切なことは、朝井リョウの小説は、決して「絶望」だけの小説ではないということだ。

惨めな現実と向き合うことによって、朝井リョウの作品は、これからの時代を生き抜く上での希望を導き出してくれる。

我々が、朝井リョウに惹かれる理由は、まさしく、その「未来への希望」にあるのではないだろうか。

次に読んでほしいおすすめ記事│朝井リョウ作品

朝井リョウの小説は、いつでも時代を記録し続けてきた。

今回は『イン・ザ・メガチャーチ』と合わせて読みたい「朝井リョウ作品」をピックアップしてみた。

この機会に、改めて読み返してみてはいかがだろうか。

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文学考察ブログ『時空標本』管理人。物語の中に流れる時間を切り取り、言葉の標本として保存する。村上春樹、近代文学、そして古物を愛す。