日本文学考察

【文芸考察】小川洋子『ミーナの行進』いつか失われてしまうだろう幸せのはかなさ

【文芸考察】小川洋子『ミーナの行進』いつか失われてしまうだろう幸せのはかなさ

昭和という時代は、なんと素晴らしい時代であったことだろうか──。

小川洋子『ミーナの行進』にあるのは、自分の生きた時代を誰かに伝えなければならないという、強い使命感だ。

今回は、小川洋子の代表作『ミーナの行進』の素晴らしさについて、独自の観点から考察していきたい。

小川洋子と村上春樹と庄野潤三

現代の文豪を一人だけ挙げるとするなら、それは小川洋子になるのではないだろうかと、僕は密かに考えている。

僕にとって小川洋子は、村上春樹や庄野潤三以上に高い評価を得るべき作家なのだ。

その小川洋子の最高傑作が、本作『ミーナの行進』である。

2006年に谷崎潤一郎賞を受賞し、2024年には、アメリカの雑誌『TIME』誌により「2024年の必読書100冊」の一冊として、日本人作家の作品としては唯一選出された。

アメリカでは翻訳版が2024年8月に発売されているから、現地の高い評価が直ちに反映された結果だったと言える。

もうひとつの代表作『博士の愛した数式』と同じ温もりを持ちながら、『ミーナの行進』には、今にも崩れてしまいそうなはかなさがある。

『ミーナの行進』の魅力は、いつか失われてしまうだろう幸せのはかなさだ。

物語の舞台は、村上春樹の故郷として知られる兵庫県芦屋市。

若い頃から村上春樹の作品を愛読していたことで知られる小川洋子らしく、『ミーナの行進』も、ある意味では村上春樹的な作品として読むことができる。

マッチ箱の炎を操る不思議な少女(ミーナ)は、村上春樹の小説に登場しそうな雰囲気をたたえているし、芦屋市立図書館の青年(とっくりさん)にも、村上春樹の小説で見たような既視感がある。

そういえば、村上春樹『海辺のカフカ』(2002)も、図書館司書の青年(大島さん)が、将来に迷う少年(カフカ)をアシストする物語だった。

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もちろん、『ミーナの行進』には、『海辺のカフカ』のように奇想天外な展開はないし、そもそも家族の決定的な崩壊を描いた物語ではない(『海辺のカフカ』では「父親殺し」が重要なモチーフとなっている)。

『ミーナの行進』は、昭和中期を生きる家族の絆を温かい視点から描いた物語で、そういう意味ではむしろ庄野潤三的な物語だと言うこともできる。

『小川洋子の陶酔短篇箱』で「五人の男」を紹介するほど、小川洋子は庄野文学の愛読者だった。

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物語の舞台は1972年(昭和47年)で、庄野潤三でいうと『絵合せ』や『明夫と良二』の時代である。

「中期・庄野文学」の絶頂期とも言えるこの時代は、「昭和」がいかにも「昭和」らしい時代だったかもしれない。

付け加えるなら芦屋は、庄野潤三の神戸物語『早春』にも登場する地名だった。

庄野潤三『早春』あらすじと詳細考察を読む

1972年(昭和47年)というノスタルジー

『ミーナの行進』の魅力のひとつは、昭和の中の「1972年(昭和47年)」という時代が鮮明に描かれていることである。

四月十七日の月曜の朝、食卓に置いてある新聞の一面に目をやった途端、ミーナが大きな声を上げた。「川端康成氏、自殺」(小川洋子「ミーナの行進」)

ノーベル賞作家・川端康成の自殺は、1972年を象徴する事件の一つとして記憶されている。

ちなみに、遺体の枕元には、封を切ったばかりのウイスキー「ジョニーウォーカー」があったとされるが、村上春樹『海辺のカフカ』において「ジョニーウォーカー」は主人公カフカ少年の父親の名前でもあった(本作とは全然関係ないけれど)。

ひとつの社会的事件が、家族の中にどのような影響を与えるかということが、この物語では重視されている。

その意味で、時代性や社会性から隔絶した独自の世界観を築く庄野潤三の小説とは、『ミーナの行進』は大きく異なっていると言える。

主人公の少女(ミーナ)は、確かに「1972年」という時代の中で生きていた。

ミーナを更に切なくさせるニュースが届いたのは、次の日の夕方だった。油断していると見過ごしてしまうほどに小さな、夕刊の記事だった。「独居老人、後追い自殺 川端氏の死に刺激受け」(小川洋子「ミーナの行進」)

社会と家庭とが地続きで繋がっているという感覚が、昭和の時代にはあった。

政治の動きや社会的な事件を第三者的に傍観している現代の劇場型情報化社会と、その違いはあまりにも大きい。

こうした「ズレ」の感覚は、それ自体が昭和時代に対するノスタルジーとして考えることもできる。

ミュンヘンオリンピックでは、アラブ・ゲリラの過激派が、イスラエル代表選手団を襲撃するテロ事件「黒い九月事件」が勃発した。

ライフルを持ってバルコニーに現れた犯人の姿を、今でもよく覚えている。それは黒い影の塊でしかなかったが、目だけをくり貫いて、口も耳もすっぽりと覆い隠した帽子の異様な形は、はっきりと画面に映し出されていた。(小川洋子「ミーナの行進」)

高度経済成長という高揚感の裏側にある不安の陰で、少女たちは成長しつつあった。

光と影が対になって少女たちの生活を包みこんでいる時代。

それが、昭和という時代だった。

大きな社会的事件を遠景として描かれているのは、ミーナ一家の穏やかな暮らしである。

私たちはシュミーズ姿のまま寝台に向かい合って座り、あらかじめ用意しておいたおやつを食べた。乳ボーロと、飲み物はもちろんフレッシーだった。(小川洋子「ミーナの行進」)

あの頃「虫歯になるから」という理由で母親の制限下に置かれていた清涼飲料水は、当時の子どもたちにとって、まさに昭和時代を象徴する飲み物だった。

ミーナの父親(朋子の伯父さん)が経営する工場では、その清涼飲料水「フレッシー」を製造している。

彼女たちの生活は、まさに「昭和」という時代の中にあったのだ。

孤独を抱えた人たちが集まるフレッシー屋敷

「昭和という時代の中で描かれる大家族の絆」という構造は、庄野潤三の小説と同じものだと言っていい。

『ミーナの行進』が、庄野潤三の描く小説と決定的に違うのは、ミーナを中心とする家族の穏やかな暮らしは、今にも壊れそうなギリギリのところでどうにか保たれている、ということだった。

本作『ミーナの行進』は、今にもバラバラになってしまいそうな家族の幸せを、その「はかなさ」という観点から綴った物語である。

ほのぼのとしたミーナ一家の暮らしも、一人一人にフォーカスしていくと、様々な闇が浮かび上がってくる。

主人公ミーナは、健康に不安のある少女だった。

ミーナはコビトカバのポチ子に乗って、毎日Y小学校へ通った。(小川洋子「ミーナの行進」)

喘息のために急な坂道を上ることができないミーナは、コビトカバ(ポチ子)の背中に乗って、小学校へと通っている(小児喘息もまた高度経済成長期の子どもたちを象徴する病気だった)。

自由に行動することのできないミーナは、同居する従姉(朋子)が図書館から運んでくれる物語の中で夢を描いた。

物語の語り手(朋子)は、幼い頃に父親を亡くし、母親とも離れて暮らす孤独な少女だ。

家の中で私一人が、夜のポチ子をこんなにも心配している。(略)暗がりの中に浮かび上がる、深緑色のポチ子のお尻に、私と彼女の寂しさが一緒になって、びっしりと詰まっている。(小川洋子「ミーナの行進」)

中学校入学を機に朋子は、母親の妹(伯母さん)一家に預けられて、新しい生活を始めていた。

そんな少女の孤独が、この物語の根底にはある。

朋子が尊敬するダンディーな伯父さん(フレッシー社長)は、自宅を空けて、他の女性と一緒に暮らしている。

愛人と暮らす夫(伯父さん)との結婚生活に、妻(伯母さん)は大きな孤独を抱えていた。

「もっとも時には、宝石とは程遠い、俗悪な誤植もあるけどね」そう言って差し出されたのは、伯父さんの会社の広報誌だった。(小川洋子「ミーナの行進」)

夫の不在に、ウイスキーを飲みながら「誤植」を探す人妻の生活は、あまりに切ない。

もしかすると、それは、自分の人生における「誤植」を探す女の姿だったのではないだろうか。

求心力とも言える優秀な息子(龍一)は家を出て、遠くスイスの大学に学んでいる。

ただ伯父さんと龍一さんだけは、お互いに視線が交差するのを避けているようだった。龍一さんが海ばかり眺めているのはそのためだと、誰もが気づいていながら、気づいていない振りをしていた。(小川洋子「ミーナの行進」)

あるいは、彼らは幸福な家族を装っているだけの「仮面家族」だったのかもしれない。

それでも、彼らは、そのはかない幸福を精一杯に愛していた(愛そうと努力していた)。

そうした微妙な不安定感が、この物語をギリギリのところで支えている。

伯父さんの母親(ローザおばあさん)は、故国を離れて生きる外国人女性だった。

「ある日ベルリンのアパートのベルが鳴って、イルマさんの一家は全員連れ去られてしまったの。収容所のガス室へ送られたのよ」(小川洋子「ミーナの行進」)

双子のイルマお姉さんは、ナチス・ドイツの犠牲者である。

彼女の故国ドイツは、第二次世界大戦によって二つに分断されてしまった。

故国を(あるいは双子の妹を)失った女性の孤独が、ここにもある。

快活な米田さんでさえ、彼女の孤独を自分の中に抱えていた。

米田さんはスノードームの中の、雪のような人だった。(略)どんなに強く揺すっても、雪は外には出られない。(小川洋子「ミーナの行進」)

ローザおばあさんと米田さんを結びつけているのは、彼女たちの孤独である。

いや、むしろ、孤独な人々が、それぞれの孤独を抱えて集まる場所が「フレッシー屋敷」という空間だったのかもしれない。

その中心にいるのは、フレッシー動物園の生き残りであるコビトカバのポチ子だった。

マッチの中の空想物語

本作『ミーナの行進』の、もう一人の(もう一匹の)主人公と言えるのが、コビトカバのポチ子である。

フレッシー動物園の生き残りである彼女は、失われた歴史を背負って生きていた。

「お墓って、何?」私はミーナに尋ねた。「フレッシー動物園のお墓。ほら、あそこ」(小川洋子「ミーナの行進」)

遠く西アフリカのリベリアから運ばれてきたポチ子も、また、故国を失った亡命者である。

フレッシー屋敷の人々は、このポチ子を中心にした強い絆で結ばれていた。

あるいは、ポチ子は戦争を生き延びて、一番いい時代を生きたのかもしれない。

1945年(昭和20年)の終戦から27年。

1972年(昭和47年)という時代は、確かにまだ「あの戦争」と繋がっている時代だったのだ。

だからこそ、ポチ子の死は、ひとつの時代を区切るピリオドだったようにも思われる。

その時初めて私は、ポチ子にも乳首があることを知った。一頭の赤ん坊も産むことなく、一度も父を含ませることのなかった乳首だった。(小川洋子「ミーナの行進」)

ポチ子もやはり孤独を抱えて生きる女性だったのだろうか。

ポチ子のために流される家族の涙は、彼ら自身のために流される涙でもあった。

そして、ポチ子の死を境として、本当の主人公であるミーナの成長時代が始まっていく。

作品タイトル「ミーナの行進」は、言うまでもなくミーナの生きる様子を現わしたフレーズだ。

最初それはコビトカバのポチ子と、ポチ子の世話係である小林さんとの、3人の行進だった。

ミーナと小林さんとポチ子、彼らの行進は威風堂々としたものだった。(小川洋子「ミーナの行進」)

時に彼女は、自分の作った物語の世界を行進した。

体の弱いミーナにとって、空想の中の物語世界は、彼女自身が自由に行動することのできる、唯一の空間だったのだ。

そんな彼女も、ポチ子の死を受け容れたときから、たった一人で歩き始める。

ミーナは小学校へ向かって自分の足で歩きだした。たった一人の行進だった。(小川洋子「ミーナの行進」)

もちろん、彼女が背負っているものは、健康上の不安だけではない。

微妙な夫婦関係の両親と海外留学で不在の兄という不安定な家族生活の中で、彼女は「空想の物語」の中に居場所を求めていた。

ポチ子の背中から降りたとき、ミーナは自分の物語を歩き始めていく。

やがて、中学校を卒業した彼女は芦屋を離れて、ヨーロッパに生活の拠点を置いた。

ポチ子に乗ってしか小学校へ行けなかった少女が、今では私の知らない遠い場所を行進している。(小川洋子「ミーナの行進」)

もしかすると、人はみな自分だけの「ポチ子」に乗っていたのかもしれない。

ポチ子の背中から降りる瞬間を待って、僕たちは大人になっていく。

なぜなら、ポチ子は、いつまでも僕たちと一緒にいてくれることはできなかったからだ。

本作『ミーナの行進』は、体の弱い女の子の成長物語である。

あるいは、それは、家族からの独立を描いた物語でもあったのかもしれない。

自分だけの人生を行進していくために

物語のフィナーレを飾るのは、「ジャコビニ流星群」だった。

「十月八日の夜、ジャコビニ流星雨が見られんの、知ってた?」ミーナは首を横に振った。(小川洋子「ミーナの行進」)

実現することのなかった「流星雨」は、ミーナの描く物語の延長線上にある。

「流れ星は、死んでゆく星なんだよ。知ってた?」ミーナが言った。(略)「つまり私たちがうっとり見とれている間に、流れ星は燃え尽きて、死んでってるのん」(小川洋子「ミーナの行進」)

夢のように美しい流れ星が死んだ星だったように、幸福な家族の裏側にも、言葉では説明することのできない不安があった。

それは、ミーナが操るマッチの炎へと繋がっていく。

「そうか……。消える直前のマッチがいちばんきれいに輝くのと一緒ね」(小川洋子「ミーナの行進」)

アンデルセン『マッチ売りの少女』が、マッチの炎の中に彼女だけの物語を描き出したように、ミーナもまた「マッチ箱の箱」の中に、彼女だけの物語を紡ぎ続けていた。

それは、いつか消えてしまうだろう、はかない幸福の物語である。

思えば「昭和」という時代もまた、いつか失われてしまうだろう、はかない幸福の時代だった。

芦屋市立図書館の青年(とっくりさん)は、読書の大切さを朋子に伝えている。

「これは返す必要なんかない」とっくりさんはカードを私に差し出した。「何の本を読んだかは、どう生きたかの証明でもあるんや」(小川洋子「ミーナの行進」)

ポチ子の背中の上でミーナが戸惑っていたとき、朋子もまた、彼女自身の人生の中で戸惑いつつあった。

あるいは、もしかしたら、皆には全部分かっていたのではないか、と考えることもある。いくら尋ねても決して答えられない場所に、朋子は迷い込んだのだ、と。(小川洋子「ミーナの行進」)

先を見通すには人生は長すぎるし、将来を予想するには彼女たちは幼すぎた。

その戸惑いが、つまり彼女たちの人生だった、ということなのかもしれない。

コビトカバのポチ子を中心として、誰もがそれぞれの孤独を抱えながら、幸福な家族の時間に寄り添っていた。

それが『ミーナの行進』という家族物語である。

昭和時代は幕を閉じ、ゴージャスなフレッシー屋敷も人手に渡ってしまった。

それでも、彼女たちには思い出がある。

大切な人たちと一緒の時間を過ごしたという、かけがえのない思い出が。

完璧な幸福など、人生にはない。

誰もがそれぞれの不安や孤独を抱えながら、はかない幸福に寄り添って、いつまでも幸福であり続けたいと祈っている。

『ミーナの行進』は、そんな祈りの文学である。

祈りの中で、僕たちもまた、自分だけの人生を行進していかなければならないのだ。

ポチ子もフレッシー屋敷も消えた、この世の中で。

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ジェン
文芸コラム担当。感想以上、批評未満。深読み癖あり。感想はX(@jiku_hyohon)にてお待ちしています。