最近の庄野潤三といえば、晩年の夫婦小説のイメージが強いが、そもそも、文壇に登場したときの庄野潤三は、若い夫婦の不安や危機をテーマとする短編小説の作家だった。
なかには、妻が自殺未遂を図るなど、後年の穏やかなテーマからは想像もできないような暗い物語も含まれている。
冷静に考えてみると、晩年の穏やかな暮らしは、そうした危機を乗り越えた果ての幸せだったのではないだろうか。
いずれにしても、初期の作品を読まずに、庄野文学を語ることはできない。
本記事では、夫婦小説を主なテーマとしていた時代における庄野潤三の短編集を紹介したい。
なぜ庄野潤三は「若い夫婦の不安」に執着したのか?
作家デビューした当時、庄野潤三は若い夫婦を題材とする作品を執拗に書き続けた。
作品集『結婚』のあとがきで、作者は次のように述べている。
私は処女作以来、夫婦の愛を主題にした作品を多く書いて来たが、これは私が自分に取ってつねに本質的な、従って切実なことだけしか書きたくない作家であったからだ。つまり、私は結婚という一番ありふれていて一番むつかしいことの中に、生存の根拠につながる大切な問題がしばしば暗示されているのを見るからである。(庄野潤三『結婚』あとがき)
結婚生活は、庄野潤三にとって「人間存在の神秘」を象徴するものだったかもしれない。
所詮は他人同士の男女が一緒に暮らすことの難しさを、庄野潤三は小説という表現手段の中で書き続けた。
それは、つまり、作者自身の生きる不安とも言えるものだったのだ。
『愛撫』新潮社/1953
庄野潤三の処女作品集。
表題作「愛撫」は、他の男性から愛撫を受けた妻の過去を執拗に問い質す夫の心理を、妻の目線から描いた作品。
一方、夫の浮気に振り回されながら生きる妻の夫婦生活を描いた「舞踏」など、この時期の庄野潤三は、かなりシリアスな作家だった。
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『プールサイド小景』みすず書房/1955
芥川賞を受賞した庄野潤三の代表作。
酒場の女に貢ぐために会社の金を使いこんでクビになった夫と、突然路頭に迷うことになった妻の生活。
庄野潤三にとって人生とは、常に「崖っぷち」を歩くようなものだった。
表題作「プールサイド小景」については、次の記事で詳しく解説しています。
▶ 庄野潤三『プールサイド小景』の不気味な深層|村上春樹が絶賛した「会社員小説」の傑作を読み解く
大阪から東京へ上京してきたときの体験を綴った短編「桃李」については、次の記事で詳しく解説しています。
▶ 庄野潤三「桃李」大阪から上京してきた父親の決意表明の物語
作家となった主人公が母親孝行をしたときのことを描いた「団欒」については、次の記事で詳しく解説しています。
▶ 庄野潤三「団欒」庄野文学における家族小説の原型とも言える名作短編
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『結婚』河出書房/1955
芥川受賞後に発売された精選作品集。
「鷲ペン」を除き、前二作の作品集から抜粋で収録されている。
帯には「若い夫婦の生活の営みを多く描いたこの作家の青春の感受性」とある。
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『バングローバーの旅』現代文芸社/1957
庄野潤三の第3作品集。
恋愛をテーマとしながら、『愛撫』『プールサイド小景』よりも、さらに踏みこんだ心理描写が見られる。
すべての男女が抱えている「漠然とした不安」を、作者はなんとか可視化しようと試みていたのだろう。
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『静物』講談社/1960
第七回新潮社文学賞を受賞した名作短篇集。
表題作「静物」は、過去に自殺未遂の経歴がある妻の、その後の生き様を象徴的に描いている。
いずれの作品も研ぎ澄まされていて、おそらく庄野潤三にとって歴代最高の作品集と言っていい。
表題作「静物」については、次の記事で詳しく解説しています。
▶ なぜ村上春樹は絶賛したのか?庄野潤三『静物』考察│金魚と蓑虫が象徴する夫婦の不安
新潮文庫からは初期の作品を精選した文庫オリジナルの作品集『プールサイド小景・静物』が発売されている。
新潮文庫オリジナル『プールサイド小景・静物』については、次の記事で詳しく解説しています。
▶【偏愛解説】庄野潤三『プールサイド小景・静物』村上春樹も注目する<第三の新人>時代の名作短篇集
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『道』 新潮社/1962
アメリカ滞在を経て、庄野潤三の作品テーマは、夫婦以外のものへと広がっていく。
それでも、表題作「道」は、元の不倫相手と一緒に暮らす妻に対する夫の不安を描いた作品となっている。
普段は見えていない不安、あるいは、見ないようにしている不安を、庄野潤三は克明に描き続けた。
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『旅人の喜び』 河出ペーバーバックス/1963
「旅人の喜び」「ニューイングランドびいき」「三つの葉」の3作品を収録。
表題作「旅人の喜び」と「三つの葉」は、夫を持つ主婦の心の葛藤を深掘りした作品となっている。
既婚女性が夫以外の男性に対して抱く性的な関心。
男にとって、それくらい不気味で不安なものはなかったのではないだろうか。
まとめ│恋愛小説のスペシャリスト
庄野潤三の初期の作品を読むと、夫婦関係が不安になる。
それほど、庄野潤三の小説にはリアリティがあり、人の心の深淵に対する追究があった。
初期の庄野潤三は、恋愛小説のスペシャリストだったと言っていい。
それも甘ったるいラブ・ロマンスではなく、男女関係の影にクローズ・アップする、大人の恋愛小説の書き手として。
今、初期の作品は『庄野潤三電子全集』(小学館)で読むことができる。
庄野潤三もまた、夫婦生活に不安を抱く、ひとりの青年だったのだ。
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文学ブログ『時空標本』では、庄野潤三の紹介に力を入れています。
詳細は、次の記事をご覧ください。
▶ 庄野潤三とは|芥川賞を”超えた”作家の魅力と代表作10選を徹底解説
