庄野潤三『夕べの雲』あらすじと考察|日常の尊さと父親の覚悟
庄野潤三『夕べの雲』は、山の上の家で暮らす五人家族の物語である。
本作によって庄野潤三は「家族小説」という庄野文学の基礎を確立した。
この記事では、本作『夕べの雲』のあらすじを要約で整理するとともに、庄野文学における本作の位置付けについて考察していきたい。
3行でわかる『夕べの雲』
多摩丘陵のひとつである丘の上の一軒家に暮らす五人家族は、周辺が宅地化していく中、残された自然の恵みを享受するかのように丘の上の暮らしを楽しんでいた。
強風の危険や自宅への落雷、ムカデの出没など、思いがけないアクシデントに見舞われながらも、梨売りの爺さんや植木職人、近所の子どもたちとの交流によって、彼らの新しい生活は少しずつ確立していく。
父親である大浦は、いつか「未来の自分」が、「現在の生活」を「懐かしい過去」として思い出すときがくるのかもしれないと考えていた。
『夕べの雲』簡単なあらすじ(要約)
多摩丘陵のひとつである丘の上の一軒家に、大浦一家が暮らしている。この地へ引っ越してから3年が経ち、彼らの生活は、ようやく安定し始めているように見えた。周辺の丘や森が宅地化されていく中、彼らは残された自然の中で、丘の上の暮らしを楽しんでいる。
特別ではない日常の中に、彼らは小さな幸せを見つけることのできる家族だった。徳島風の田舎寿司「かきまぜ」や、梨売りの爺さんから買い求める「赤梨・青梨」、テレビアニメの「コヨーテ腹ぺこ物語」など、ささやかな日常こそ、彼らにとってかけがえのないものだった。
父親である大浦は、いつか「未来の自分」が「現在の生活」を「懐かしい過去」として思い出すのかもしれないと思う。彼にとって「現在」は、次の瞬間には通り過ぎてしまった過去であり、だからこそ彼は「現在」をしっかり生きなければならないと考えているのだ。
【考察】庄野文学における『夕べの雲』の位置付け
① 家族小説の源流
庄野潤三は、夫婦の危機を描いた作品『プールサイド小景』で芥川賞を受賞した芥川賞作家である。
にもかかわらず、晩年の庄野さんは「『夕べの雲』こそ、自分の代表作だ」と主張するようになった。
なぜなら、そのあとに続く家族小説の作品群はすべて、本作『夕べの雲』を源流としているからだ。
この物語の中に登場する「かきまぜ」や「つるばら」「ピアノの上」は、晩年まで庄野文学の象徴であり続けた。
そもそも、生田の「山の上の家」を舞台とする壮大な物語の始まりが、本作『夕べの雲』である。
日本経済新聞に連載され、読売文学賞も受賞している本作が、庄野潤三の代表作だとしても、何ら問題は生じないのである。
② いつか懐かしい思い出となるだろう「いま」
作品タイトル『夕べの雲』は、また、庄野文学を象徴するタイトルともなった。
「あとがき」にも綴られているように、タ替れ時の雲は、次々と形を変えていく。
刻々と変わる雲のように、我々の人生にも立ち止まるということはない。
「いま」は次の瞬間には失われて「過去」となる。
主人公の大浦が、「いま」を懐かしく思いだしているのは、その瞬間が永遠ではないことを知っているからだろう。
『夕べの雲』は、いつか懐かしい思い出となるだろう「いま」を描いた物語である。
「ここにこんな谷間があって、日の暮れかかる頃にいつまでも子供たちが帰らないで、声ばかり聞こえて来たことを、先でどんな風に思いだすだろうか」すると、彼の眼の前で暗くなりかけてゆく谷間がいったい現実のものなのか、もうこの世には無いものを思い出そうとした時に彼の心に浮ぶ幻の景色なのか、分らなくなるのであった。(庄野潤三『夕べの雲』)
それは、特別ではない日常を描き続けた庄野文学に通底する、最大の文学テーマだった。
③「山の上の家」で暮らす中年男性の不安
外房州へ海水浴に行ったときの思い出は「終りと始まり」に出てくるものだ。
いま「海草しらべ」をやっている正次郎は、三つの年にここへ来たが、最初の晩に、「さあ、もうお家へ帰ろう」といい出した。「ここへ泊るのよ」といわれても、この子にはその意味が分らなくて、「帰ろう。帰ろう」という声が、だんだん泣き声になって来た。(庄野潤三「夕べの雲」)
このエピソードは、短篇小説「蟹」(『静物』所収)にも登場するものだが、子どもの泣き声を聞きながら、大浦は「自分たちはどこにも住む家がなくて、この町からあの町へ、あの町からこの村へと旅を続けている宿無しの一家のような気がして来るのであった」と回想する。
あるいは、子どもの「帰ろう。帰ろう」という声は、生田の山に棲み始めたばかりの頃の、庄野さんの気持ちを投影したものではなかっただろうか。
一家の責任者として家族を背負い、山の上の一軒家で暮らす中年男性の不安が、ここにはある。
「大きな甕」に現われているのも、新しい土地で暮らす主人公の不安だ。
しかし、そんな家にいる人は、どこかへ引越すことなんか、一度も考えずに、心静かに暮している筈であった。人が家に住むというのは、もともとそういうものではないか。年月とともに屋根の瓦も柱の色も古びてゆくように、住む人も古びてゆく。(庄野潤三「夕べの雲」)
結局のところ、僕は『夕べの雲』という小説を、中年男性の覚悟の物語として読んだ。
それは、故郷を離れて、東京郊外の山の上で暮らし始めた男の覚悟であり、会社員を辞めて、作家として食べていかなければならない男の覚悟である。
「前のひげ根のことは思わず、ここで少しでも早くひげ根を下すことを考えた方がいい」と、大浦は考えている(「萩」)。
『夕べの雲』で頻繁に登場する庭木の話は、やはり、山の上での定着を目指す主人公の投影であって、庭木の不安は、そのまま大浦自身の不安でもある。
庭木が根付いたときこそ、大浦がこの地に根付いたことを意味するのだとしたら、株分けされた浜木綿は、生田の山の家を象徴する存在ということだったのだろう。
【解説】『夕べの雲』は実話なのか?
庄野潤三は、小説と日記と随筆との境目が難しい作家だと言われる。
実際の家族をモデルに、実際にあった話を素材とした小説を書いているから、「普通の小説」には思われないのかもしれない。
①『夕べの雲』のモデル
本作『夕べの雲』でも、1961年(昭和36年)4月に、庄野一家が東京都内の石神井公園から神奈川県の川崎市生田へ引っ越して以降の話が描かれている。
移転当時、中学2年生だった長女(晴子)は高校2年生に、長男(安雄)は小学5年生から中学1年生に、次男(正次郎)は小学1年生から3年生になっている。
両親も含めて、彼らのモデルとなっているのは、みな、庄野家の人々だ。
晩年の小説で「なつ子」「たつや」「かずや」として登場する子どもたちの原型が、つまり、『夕べの雲』の子どもたちなのである。
『夕べの雲』のエピソードは、後の作品では「懐かしい思い出」として登場する。
「いつか懐かしく思い出すかもしれない」という大浦の感傷は、長い時間を経て、庄野文学の作品として現実のものとなっているのだ。
『夕べの雲』は、もちろんデフォルメされた現実に違いない。
小説という世界の中で、庄野さんは家族の記録を書き続けていたのだろう。
② 『クウネル』のインタビュー
まだanan増刊だった頃の『クウネル』のインタビューで、庄野さんは、『夕べの雲』について触れている。
「たぶん、『夕べの雲』というのがね、私の大きな転換点だと思うんですけどもね。ここに引っ越してきて、家のまわりの木がつぶされていくのを、子供たちと一緒に惜しんで、眺めてきたのがこの本のいちばん大きなモチーフだったんです」(『クウネル』(2002/11/15))
不安を抱えながら始まった山の上の生活は、やがて生田の地に根付き、多くの花を咲かせた。
なにしろ「細君にとっては二十分なんていうものではない」山の上である。
「行けども行けども、まだ現れない」というこの土地で彼らが根付くまでに、どれだけの苦労があっただろうか。
庄野さんは、その苦心を、おもしろおかしい話として『夕べの雲』に綴った。
雷が落ちたことも、大きなムカデに刺されたことも、安雄が学校で大怪我をしたことも、すべては懐かしい思い出だ。
そして、いつか懐かしい思い出になるだろうことを踏まえた上で、庄野さんは1964年の「いま」を描いていたのである。
③ 小沼丹の書評
多くの書評がある『夕べの雲』の中で、忘れることができないものが、小沼丹の書いた文章だ。
「夕べの雲」が大浦一家の幸福な家庭生活を描きながら、静かな感銘を残すのはそのためかもしれない。いまあるひとときを、喜び生きている家族の姿が美しい余韻を残す。「夕べの雲」は静かな作品である。夕暮、どこからか、静かな合唱の声が聞えて来る。そんな感じがある。それは敬虔でつつましい人生讃歌のようでもある。(小沼丹「夕べの雲」あとがき・講談社文庫)
庄野さんの歌う人生讃歌は、山の上に生きていくことを覚悟した男の開き直りである。
『夕べの雲』は、決して、ただ平穏で楽しいだけの物語ではない。
男の開き直りを、こんなにも柔らかくて温もりのある物語として描くことのできるところにこそ、庄野潤三という作家の価値があるのだ。
まとめ│当たり前の日常が懐かしい思い出となるとき
本作『夕べの雲』は、「いま」という時間を、既に懐かしく生きている男の物語である。
彼は常に未来の目線に立って、「いま」を懐かしく思いだしているのだ。
彼にとって、人生とは懐かしいものだった。
「いま」という時間が、すぐに失われてしまうことを知っているからこそ、彼は「いま」を必死で書き留めようとしている。
重大な事件など必要なかった。
美しい鳥が窓ガラスにぶつかったことも、正次郎がマムシの死骸を拾ってきたことも、安雄が大量の「えびね」を見つけたことも、それらはみな大浦家にとって大切な思い出だったのだ。
だからこそ、庄野さんは「当たり前の日常」を書き続けた。
いずれ、それらが「当たり前」ではなくなる日の来ることを、あの頃の庄野さんは知っていたのかもしれない。
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文学ブログ『時空標本』では、庄野潤三の家族小説について詳しく解説しています。
詳細は、次の記事をご覧ください。
▶ 庄野潤三の「家族小説」全13作品の系譜|『ザボンの花』から続く家庭小説の歴史
書名:夕べの雲
著者:庄野潤三
発行:1988/04/10
出版社:講談社文芸文庫

