アメリカ文学の名作『ライ麦畑でつかまえて』で有名なJ.D.サリンジャー。実は『ライ麦畑でつかまえて』以外にも、有名でおもしろい作品がたくさんあります。
文学ブログ『時空標本』では、サリンジャーの全作品を詳細考察しています。
今回は、サリンジャー作品の考察記事のほか、サリンジャーの伝記や解説書、関連映画などの記事をすべてまとめ、サリンジャー完全ガイドを作成しました。「これからサリンジャーを読みたい!」という方の参考になれば幸いです。
1. サリンジャーとは?|小説を読む前の基礎知識
まずは、サリンジャーという作家の特徴について、わかりやすく解説します。
「伝説の作家」サリンジャーの生涯
サリンジャーは、戦後に活躍したアメリカの作家です。
第二次世界大戦へ従軍後、『ライ麦畑でつかまえて』で一躍ベストセラー作家となり、短編小説集『ナイン・ストーリーズ』や作品集『フラニーとゾーイー』で人気作家としての地位を固めました。
しかし、流行作家であることに疲れたサリンジャーは、人気絶頂の中、ニューヨーク郊外の小さな町へ引っ越して隠遁生活に入ります。
そして、『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア─序章─』を最後に著作が出版されることはありませんでした。
生涯に出版された本は、わずか4冊。それでも、サリンジャーは現代文学史に残る作家となりました。
謎の多い「伝説の作家」、それがサリンジャーです。
日本で読めるサリンジャー全作品
サリンジャーは、本国アメリカで計4冊の著作を出版しています。
①『ライ麦畑でつかまえて』(長編)
②『ナイン・ストーリーズ』(短編集)
③『フラニーとゾーイー』(中編集)
④『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア─序章─』(中編集)
日本では、それに加えて、雑誌などに発表されて単行本には未収録だった作品の翻訳も読むことができます。
⑤『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる/ハプワース16、1924年』(未収録作品集)
⑥『彼女の思い出/逆さまの森』(未収録作品集)
そのため、現在、日本でサリンジャーの全作品を網羅するには、以上の6冊を読むことになります。
文学ブログ『時空標本』では、サリンジャーの全作品の詳細考察記事を掲載していますので、ぜひ参考にしてみてください。
2. 『ライ麦畑でつかまえて』|3種類の翻訳を読み比べしよう
サリンジャーの代表作『ライ麦畑でつかまえて』には、全部で3種類の日本語訳があり、文学ブログ『時空標本』では、3作すべての考察記事を掲載しています。
皆さんもぜひ読み比べてして、自分の好きな『ライ麦畑』を見つけてください。
『ライ麦畑でつかまえて』3種類の翻訳比較表
どれを読むべきか迷っている方は、以下の比較表を参考にしてはいかがでしょうか。
現在も入手可能な翻訳は2冊で、「村上春樹・訳」か「野崎孝・訳」かの二択になります。
もしも、あまりこだわりがなければ、とりあえず人気作家・村上春樹の訳から読んでみてはいかがでしょうか?
逆に「村上春樹の小説とは合わない」と感じている方は、定番・野崎孝の訳から入るのもありです。
| 訳者 | タイトル | 特徴 | おすすめ度 |
|---|---|---|---|
| 村上春樹 | キャッチャー・イン・ザ・ライ | 現代的で瑞々しい。主人公の繊細な心理描写が秀逸。 | ★★★★★ |
| 野崎孝 | ライ麦畑でつかまえて | 日本で最も普及した版。時代を感じる若者言葉が魅力。 | ★★★★☆ |
| 橋本福夫 | 危険な年齢 | 日本初の翻訳。現在は絶版で入手困難なレアアイテム。 | ★☆☆☆☆ |
『ライ麦畑でつかまえて』深読み考察記事
『ライ麦畑でつかまえて』は、非常に奥が深い小説なので、いくらでも深読みできます(まるで底なし沼のように)。
皆さんも、自分だけの解釈を見つけてみてはいかがですか?
①野崎孝・訳『ライ麦畑でつかまえて』
▶ 野崎孝・訳『ライ麦畑でつかまえて』あらすじと詳細考察はこちら
②村上春樹・訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』
▶ 村上春樹・訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』あらすじと詳細考察はこちら
③橋本福夫・訳『危険な年齢』
▶ 橋本福夫・訳『危険な年齢』あらすじと詳細考察はこちら
【コラム】『ライ麦畑でつかまえて』伝説
この小説は、アメリカ社会に大きな影響と混乱をもたらしました。
ジョン・レノン射殺事件の犯人が本書を所持していたことや、レーガン大統領暗殺未遂事件との関連など、時に「危険な書」として扱われた歴史があります。
また、キリスト教への侮蔑発言が含まれるとして、学校図書館から排除される「禁書」となったエピソードも有名です。
3. ナイン・ストーリーズ|全短編小説を深読み考察
サリンジャーにとって、生前アメリカで出版された唯一の短編集です。オシャレな筆致ながら、東洋思想や戦争の影が色濃く、深読みを必要とする作品が多いのも特徴です。
『ナイン・ストーリーズ』全作品考察
とにかく難解な作品だと言われることの多い『ナイン・ストーリーズ』ですが、作者サリンジャーは、小説に正解を求めることを拒絶した作家としても知られています。
読者一人一人の答えが、すべて「正解」ということだったのかもしれませんね。
▶ サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』あらすじと詳細考察はこちら
「バナナフィッシュにうってつけの日」深読み考察
『ナイン・ストーリーズ』の中でも、特別に人気の高い作品が「バナナフィッシュにうってつけの日」です。
主人公が自殺してしまうラストシーンは、サリンジャーは最大の謎と言われています。
▶ 「バナナフィッシュにうってつけの日」あらすじと詳細考察はこちら
【コラム】戦争とサリンジャー
第二次世界大戦に従軍し、ヨーロッパ戦線でナチス・ドイツとの過酷な戦闘を経験したサリンジャーは、戦後、深刻な「PTSD」を抱えていたと言われています。
作品の中で戦争が直接描かれることは稀ですが、行間には常に「戦争で壊されてしまった心」の叫びが刻まれていました。
サリンジャーの(戦後の)作品はすべて「戦争小説」だという指摘もあるほどです。
皆さんも、サリンジャー文学の中に「戦争の傷痕」を探してみませんか?
4. グラース・サーガ|壮大な家族の物語
『フラニーとゾーイー』以降、サリンジャーは「グラース家」という天才兄弟たちの物語を書き続けていきます。この一連の作品は「グラース・サーガ(グラース家の物語)」と呼ばれました。
グラース家の人々を理解することが、サリンジャー文学を読み解く最大の鍵となっています。
ここでは、グラース家の子どもたちを一覧表で整理してみました。
| 順序 | 名前 | 特徴 | 主な登場作品 |
|---|---|---|---|
| 長男 | シーモア | 一家の精神的支柱。詩人。 | 「バナナフィッシュ」「大工よ」「シーモア─序章─」「ハプワース」 |
| 次男 | バディ | 作家。サリンジャーの分身。 | 「大工よ」「シーモア─序章─」「ハプワース」 |
| 長女 | ブーブー | 最も「普通」で賢明。 | 「小舟のほとりで」 |
| 三男 | ウォルト | 双子の兄。陽気だが戦死。 | 「コネティカットのひょこひょこおじさん」 |
| 四男 | ウォーカー | 双子の弟。修道士。 | |
| 五男 | ゾーイー | 俳優。恐ろしく美形。 | 「フラニーとゾーイー」 |
| 次女 | フラニー | 末っ子。宗教的苦悩に陥る。 | 「フラニーとゾーイー」 |
作品の中では特に「長男シーモア」「次男バディ」「五男ゾーイー」「次女フラニー」の名前が、頻繁に登場してくることになります。
『フラニーとゾーイー』深読み考察
本書『フラニーとゾーイー』は「フラニー」と「ゾーイー」という二つの作品で構成されています。
イノセントな女子大生フラニーが、俗悪な社会に絶望になったとき、救ってくれたのは兄ゾーイーでした。
そして、ゾーイーもまた、亡きシーモアや次兄バディといった兄たちの力を借りて、フラニーを救い出そうとしていたのです。
『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア─序章─』深読み考察
本作もまた「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」と「シーモア─序章─」という二つの作品によって構成されています。
「大工よ」は長男シーモアの結婚物語、つまり「バナナフィッシュ」で自殺する少し前のシーモアを書いた作品ということになります。
「シーモア─序章─」もまた、長男シーモアの伝記的な作品で、サリンジャーは「バナナフィッシュ」でシーモアが自殺した理由を求めて、小説を書き続けていたとさえ言われています。
▶ 『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア─序章─』あらすじと詳細考察はこちら
【コラム】サリンジャーと東洋思想
『ナイン・ストーリーズ』の後半から、サリンジャーの作品には様々な形で東洋思想が現れてきます。
エピグラムにある「片手の音を聞け」は禅問答であり、最後の短篇「テディ」は「輪廻転生」を繰り返す少年が主人公という、不思議な作品です。
この時期、サリンジャーは東洋思想にハマっていて、それが作品の中へ反映されていたと考えられています。
5. その他の作品|幻のサリンジャー作品を解説
本国アメリカでは単行本化されていない、日本独自の編集による短編集です。
初期の作品から最後の発表作まで、幅広いサリンジャーの世界を楽しむことができます。
『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる / ハプワース16、1924年』深読み考察
「ハプワース16、1924年」は、サリンジャーが発表した最後の作品です。単行本化の話もありましたが、サリンジャー過大な要求もあり、結局実現しませんでした。
本書にはその他、初期の短篇小説が収録されています。
表題作「このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる」は、作者の戦争体験を素材とした戦争小説です。
▶ 『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる』あらすじと詳細考察はこちら
『彼女の思い出 / 逆さまの森』深読み考察
アメリカでは単行本未収録の作品集です。
表題作「逆さまの森」の翌月に発表された「バナナフィッシュにうってつけの日」以降の作品は、作品集『ナイン・ストーリーズ』に収録されました。
つまり、本書では『ナイン・ストーリーズ』以前のサリンジャーを読むことができる、ということになります。
表題作「逆さまの森」は深層心理をメタファーで描いていて、村上春樹が好きな人におすsめ。
▶ 『彼女の思い出 / 逆さまの森』あらすじと詳細考察はこちら
6. 伝記・評伝|作家サリンジャーを理解するために
「謎の作家」サリンジャーですが、多くの評伝からその人となりを理解することができます。「謎」が多くなるほど、人々はサリンジャーという作家を知りたいと感じていたのかもしれませんね。
サリンジャーの伝記・評伝読み比べ
サリンジャーの伝記や評伝を読み比べたまとめ記事。どれから読もうと迷っている人は、まずはこの記事からスタートするのがおすすめ。
スラウェンスキー『サリンジャー―生涯91年の真実』
サリンジャー伝記の完全版。多くのインタビューのほか、著者によるサリンジャー作品の解説も含まれています。
▶ スラウェンスキー『サリンジャー―生涯91年の真実』あらすじと詳細考察はこちら
デイヴィッド・シールズ『サリンジャー』
多くの人たちのインタビューによって構成されたサリンジャーの評伝。一つのエピソードにも様々な解釈があり、サリンジャーという作家を立体的に理解することができます。
▶ デイヴィッド・シールズ『サリンジャー』あらすじと詳細考察はこちら
ポール・アレクサンダー『サリンジャーを追いかけて』
サリンジャーの生涯を網羅的に綴った評伝。「サリンジャー史の教科書」と言っていいほど、サリンジャーの個人的な経歴が整理されています。
▶ ポール・アレクサンダー『サリンジャーを追いかけて』あらすじと詳細考察はこちら
マーガレット・A・サリンジャー『我が父サリンジャー』
サリンジャーの長女が綴った父の思い出。サリンジャー文学が、いかに家庭の犠牲の上に成り立っていたかを理解できます。
▶ マーガレット・A・サリンジャー『我が父サリンジャー』あらすじと詳細考察はこちら
ジョイス・メイナード『ライ麦畑の迷路を抜けて』
サリンジャーと同棲していた女性の回想録。サリンジャーとの出会いから別れまで、赤裸々に綴られています。もしかすると、これは「暴露本」でしょうか?
▶ ジョイス・メイナード『ライ麦畑の迷路を抜けて』あらすじと詳細考察はこちら
イアン・ハミルトン『サリンジャーをつかまえて』
サリンジャーの評伝を出版しようとして、サリンジャーから訴えられた著者は、サリンジャーとの裁判闘争のドキュメンタリーを綴ります。
▶ イアン・ハミルトン『サリンジャーをつかまえて』あらすじと詳細考察はこちら
ジョアンナ・ラコフ『サリンジャーと過ごした日々』
出版エージェンシーでサリンジャーと交流のあった女性作家の自叙伝です。『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』として、映画化されました。
▶ ジョアンナ・ラコフ『サリンジャーと過ごした日々』あらすじと詳細考察はこちら
報道|謎の作家を追いかけたパパラッチ
田舎の小さな町で隠遁生活を送っていた「伝説の作家」サリンジャーは、常にマスコミに狙われていました。
写真週刊誌『フォーカス』(1988年)
パパラッチに盗撮されて激昂するサリンジャー(69歳)の写真が掲載されています。作家の人格が、いかに軽く扱われていたかということが実感できますね。
▶ 「パパラッチに盗撮されて激昂するサリンジャー」詳細記事はこちら
総合雑誌『中央公論』(1980)
隠遁生活中のサリンジャーに強引な取材を行った外国人記者によるルポルタージュを翻訳したものです。
▶ 「『ライ麦畑でつかまえて』をつかまえた」詳細記事はこちら
参考資料・関連資料
サリンジャー作品を理解する上で、参考となる書籍についても紹介しています。
村上春樹・柴田元幸『サリンジャー戦記』
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を翻訳した村上春樹流の解釈が理解できます。
▶ 村上春樹・柴田元幸『サリンジャー戦記』あらすじと詳細考察はこちら
橋本福夫『橋本福夫著作集Ⅲ 英米文学論』
日本で初めて『ライ麦畑でつかまえて』を翻訳した英文学者による追想が掲載されています。
▶ 橋本福夫『橋本福夫著作集Ⅲ 英米文学論』あらすじと詳細考察はこちら
沓掛良彦『サッフォー 詩と生涯』│「大工よ」の意味
中編「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」のタイトルは、詩人サッフォーの作品に由来しています。
▶ 沓掛良彦『サッフォー 詩と生涯』あらすじと詳細考察はこちら
ひろさちや『公案解答集』│「片手の音」の謎を解く
『ナイン・ストーリーズ』のエピグラム「片手の叩く音」の意味が、この本を読むと分かります。
鈴木大拙『禅仏教入門』│「輪廻転生」への憧れ
『ナイン・ストーリーズ』最後の作品「テディ」を執筆するとき、サリンジャーは、この本を読んでいたと伝えられています。
関連映画|映画で観るサリンジャー
『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』
サリンジャーの伝記映画です。戦争とサリンジャー文学との関係が、分かりやすく描かれています。
▶ 『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』あらすじと詳細考察はこちら
『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』
出版エージェンシーでサリンジャーと出会った若い女性の物語。ジョアンナ・ラコフ『サリンジャーと過ごした日々』を映画化したものです。
▶ 『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』あらすじと詳細考察はこちら
『ライ麦畑で出会ったら』
いじめられっこの高校生が、サリンジャーとの出会いを通して成長していく姿を描いています。
サリンジャー年表│サリンジャー作品を読むために
文学ブログ『時空標本』では、日本で出版されたサリンジャーの本を発売年順にリスト化した「著作年表」を作成しています。サリンジャー作品を読むときの参考として、ご活用ください。
まとめ│サリンジャー体験へのご案内
サリンジャーは特別の作家です。他の流行作家とは比べることのできない神秘的な力が、サリンジャーの作品にはあります。
サリンジャーの作品を読んだときに感じる深い感動。それが「サリンジャー体験」です。
壮絶な戦争体験、アメリカ社会への絶望、人間社会への不信。時代を超えて訴えかけてくるサリンジャーの心の叫びに、ぜひ、耳を澄ませてみてください。