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島崎藤村『家』あらすじ・登場人物解説|親ガチャや毒親の源流?明治から令和へ続く家族の呪縛を考察

島崎藤村『家』あらすじ・登場人物解説|親ガチャや毒親の源流?明治から令和へ続く家族の呪縛を考察

島崎藤村の長編『家』は、現在「版元品切れ」の状態が続いている。

新潮文庫も岩波文庫も入手困難の状況で、この作品を読みたい人は古本屋を探すか、「青空文庫」で読むしかない。

しかし、明治44年に完成したこの作品は、島崎藤村の代表作であるばかりでなく、近代日本における自然主義文学の傑作としても知られている。

もっと言えば「家族関係の崩壊」を描いた本作は、「親ガチャ」「毒親」「ヤングケアラー」などとして話題になることの多い、現在の家族関係とも地続きで繋がっているとも言える、極めて現代的な作品なのだ。

今回は知られざる名作『家』のあらすじや複雑な登場人物を整理するとともに、現代社会における「家族制度」のあり方について、深く考察していきたい。

島崎藤村『家』とはどんな小説か?

はじめに『家』という作品の外枠について整理しておこう。

① 自伝的要素の強い小説

本作『家』は、島崎藤村にとって『破戒』『春』に次ぐ、三作目の長編小説だった。

34歳のとき、『破戒』によって浪漫派詩人から自然主義作家へと転身した藤村は、36歳で『春』を発表後、39歳のときに本作『家』を出版している。

自然主義文学を志す島崎藤村は、実体験を小説へと昇華させた。

『家』に描かれる二つの家系は、「島崎家(小泉家)」と「高瀬家(橋本家)」という実際の家族を題材にしていて、ほとんどの登場人物でモデルを特定することができる。

例えば、作品の終わりで病死する「橋本正太」のモデルだった甥っ子「高瀬慎夫」は、現実に明治43年に病死している。

小説の展開を考えると、物語に描かれているのは、明治31年から明治43年の夏までの、約12年間のことだと推測される。

作者(島崎藤村)は、12年間の生活で実際に起こったことを題材として、この長編小説を書き上げたのだ。

自伝的小説の多い島崎藤村の人生をたどる上で、本作『家』は非常に魅力的な作品の一つと言えるだろう。

② 自然主義文学の代表作

本作『家』は、近代日本における自然主義文学の代表作品として評価されている。

島崎藤村の小説デビュー作『破戒』は、実際の社会的事件を題材に採りながら、ストーリーとしては作者の創作による虚構の物語だった。

その点『家』では、作者(島崎藤村)の実際の人生が、そのまま小説という枠組の中へ投影されている。

『家』の題意は、住居の意味の上に、家父長制の家族制度であること、──これが個人の幸福の追求といかに矛盾するかを明らかにすることである。この意味で『家』は日本自然主義文学の記念碑的意味を持つ傑作である。(瀬沼茂樹「島崎藤村主要作品鑑賞小辞典」)

二作目の長編『春』のような、単に自伝的小説であるという構図を超えて、『家』は自伝的でありつつ、近代日本の闇を明らかにする社会小説でもあった。

そこに『家』という作品が持つ、重要な位置づけがある。

③「家」を主人公にした小説

本作『家』は、主人公(小泉三吉)の人生を描いた物語である。

同時に、それは「小泉家」という一族の栄華と没落を描いた物語でもあった。

主人公・三吉は、小泉家を支えるために、自分の人生を犠牲にしなければならない。

彼は、なぜ「家」を守らなければならなかったのか?

この物語が問いかけているのは、ただ小泉三吉の生き様ということではなく、「家」に翻弄され続けた小泉三吉という人生の有り様についてである。

さらに、作者(島崎藤村)は「橋本家」という、もうひとつの「家」を登場させて、「小泉家」と対比させながら、その没落を描いていく。

あるいは、それが明治という時代だったのかもしれない。

「旧い家」と「新しい家」との間で、主人公(小泉三吉)は人生に追いこまれていったのだから。

3分でわかる『家』のあらすじ

本作『家』は、中仙道馬籠の小泉家と、木曽福島の橋本家という、二つの旧家の崩壊を描いた、壮大な家族物語である。

① 古い「家」制度に抗う若者たち

東京の詩人(小泉三吉)は、橋本家に嫁いだ姉(お種)に会うため、木曽福島を訪れる。

お種の夫であり、薬種問屋を営む家長(橋本達雄)は、長男(橋本正太)が、古い「家」制度へ反抗する様子に困惑していた。

実際のところ、若い頃の達雄もまた、古い「家」制度に反抗する若者の一人だったのだが。

② 苦しい新婚生活の中で

橋本正太と同世代である小泉三吉も、やはり、古い「家」制度を壊そうと考えていた。

信州の学校教師として赴任し、妻(お雪)と結婚した三吉は、苦しい夫婦生活の中で、理想の「家」を失っていく。

家長である長兄(小泉実)は、事業に失敗した挙句に投獄されており、残された家族の面倒を、次兄(森彦)と四男(三吉)が背負わなければならなかった。

③ 家族を棄てた家長たち

信州の学校を辞職して東京に戻った三吉は、小説を書いて生計を立てようとするが、三人の娘たちが相次いで病死するなど、不幸に見舞われていた。

株屋に転身した橋本正太の事業も失敗が続き、彼らの生活はなかなか安定することができない。

二人の家長(橋本達夫と小泉実)は、既に家族を棄てて、遠く満州へと逃れていた。

④ 逃れられない「旧い家」

小泉三吉は、次兄(森彦)とともに、長兄(実)の家族を支えるために、経済的な支援を続けなければならない。

いつの間にか、三吉も旧い「家」の中から抜け出すことができなくなっていたのだ。

やがて、事業に失敗した橋本正太が病死し、後に残されていたのは、崩壊した旧い家族の抜け殻だけだった。

『家』登場人物一覧表

本作『家』は、小泉家と橋本家という二つの家族を描いた物語なので、非常に多くの親戚縁者が登場する。

ここでは、小泉家と橋本家の家族と、そのモデルになった実在の人物とを一覧表で整理してみた。

① 小泉家の人々と実在モデル

小泉家のモデルとなっているのは、作者・島崎藤村の「島崎家」である。

登場人物 役割等 モデルとなった人物
小泉 忠寛 小泉三吉の父 島崎 正樹(島崎藤村の父)。『夜明け前』の青山半蔵。
小泉 種 忠寛の長女。橋本達雄と結婚。 島崎 その
小泉 実 忠寛の長男。倉と結婚。 島崎 秀雄
小泉 倉 実の妻。 島崎 松江
小泉 俊 実と倉の長女。 島崎 いさ子
小泉 鶴 実と倉の次女。 島崎 蔦
小泉 森彦 忠寛の次男。 島崎 広助
小泉 延 森彦の長女。 島崎 ひさ
小泉 絹 森彦の次女。 島崎こま子(『新生』のヒロイン)
小泉 宗蔵 忠寛の三男。 島崎 友弥
小泉 三吉 本作の主人公。忠寛の四男で、名倉雪と結婚した。 島崎 春樹(島崎藤村)
小泉 雪 三吉の妻。 島崎 冬子
小泉 房 三吉と雪の長女。 島崎 緑
小泉 菊 三吉と雪の次女。 島崎 孝子
小泉 繁 三吉と雪の三女。 島崎 縫子
小泉 種夫 三吉と雪の長男。 島崎 楠雄
小泉 新吉 三吉と雪の次男。 島崎 鶏二
小泉 銀蔵 三吉と雪の三男。 島崎 蓊助

② 橋本家の人々と実在モデル

橋本家のモデルとなっているのは、「高瀬家」である。

小泉忠寛の長女(お種)が、橋本達雄と結婚したことで、「小泉家」と「橋本家」は親戚縁者となる。

登場人物 役割等 モデルとなった人物
橋本 達雄 お種の夫。 高瀬 薫
橋本 種 小泉忠寛の長女。橋本達雄と結婚して「橋本」の家に入る。 島崎 その
橋本 正太 達雄と種の長男。豊世と結婚。 高瀬 慎夫
橋本 豊世 橋本正太の妻。
橋本 仙 達雄と種の長女。知的障害がある。 高瀬 田鶴
橋本 幸作 達雄と種の次男(養子)。島と結婚。 安田 文吉

③ 名倉家の人々と実在モデル

没落していく「小泉家」「橋本家」と対照的に、「名倉家」は成功者として描かれている。

名倉雪が小泉三吉と結婚したことで、「小泉家」と「名倉家」は親戚関係にある。

登場人物 役割等 モデルとなった人物
名倉(父) お雪の父。 秦 慶治
名倉(母) お雪の母。 秦 房子
名倉 雪 名倉家の三女。小泉三吉と結婚。 秦 冬子
名倉 福 名倉家の四女。勉と結婚。 秦 滝子
名倉 勉 名倉福と結婚。お雪の元カレだった。 秦 末太郎
名倉 愛 名倉家の五女。
名倉 幾 名倉家の六女。

考察1|「家」とは何か?

没落していくふたつの「家」の中で、主人公(三吉)は「家とは何か?」という問題と、向き合っていかなければならない。

そこに、この物語の大きなテーマがある。

①「家」は家族の絆である

彼らが描く「家」は、家族の絆の象徴としての「家」である。

小説の冒頭で、三吉が訪れた橋本家の様子は、まさに理想的な「家」を示すためのものだった。

「家」は、父親・母親・子どもたちという「核家族」によって構成されているのではない。

父親と母親にはそれぞれに親族がいて、その親族が強い絆によって支え合っている。

一族の強い絆こそ、この作品に描かれている「家」の正体である。

②「家」から逃れられない人々

一方で、強すぎる絆の中で、彼らは「家」から逃れることができない。

橋本家の家長(橋本達雄)が愛人と一緒に失踪したとき、残された家族の面倒を見るのは、(達雄の)兄弟たちの仕事だった。

家の生活で結び付けられた人々の、微妙な、陰影の多い、言うに言われぬ深い関係──そういうものが重苦しく彼の胸を圧して来た──叔父姪、従兄妹同士、義理ある姉と弟、義理ある兄と妹……(島崎藤村「家」)

理想的な相互扶助として機能していた「家」はいったん崩れると、重い負担を一族の者たちに強いることになった。

「家」から逃れようと思ったら橋本達雄や小泉実のように、「家」というネットワークから完全に外れてしまうしか方法がなかったのだ(彼らは「家」から離れて満州へ逃げた)。

③ 明治日本の縮図としての「家」

そこから浮き彫りにされているのは、「明治時代」というひとつの新しい時代である。

伝統的な封建制度の一端を担う古い「家」制度は、文明開化という日本の近代化の中で、明らかな歪みを見せ始めていた。

「旧い人はだめだなんて、言ったって……新しい時代の人だって、頼みがいがあるとは言われないネ」「ナカナカ」(島崎藤村「家」)

近代化が「個人」に象徴される時代であるなら、「家」は旧い時代の象徴である。

明治中期に若者だった彼らは、旧い「家」を背負ったままで「近代化」を迎え入れなければならなかった。

そこに、主人公(小泉三吉)たち若い世代の葛藤がある。

考察2|新しい時代と旧い時代の拮抗

小泉家の近代化という問題を考えたとき、父(小泉忠寛)の存在を欠かすことはできない。

上記「考察1|なぜ家は崩壊したのか?」にも書いたとおり、小泉忠寛は狂い死にした人だった。

① 近代化の中で狂死した父という源流

近代化が小泉家に突きつけたものは、父(小泉忠寛)の狂死である。

文明開化に夢を見た彼は、急速に欧米化しつつある現実に絶望して、座敷牢の中で死んでいった。

「まるで──この船は幽霊だ」と三吉は何か思いついたように、そのオランダ船の絵を見ながら言った。「僕らの阿爺(おやじ)が狂になったのも、この幽霊のおかげですネ……」(島崎藤村「家」)

彼らは「近代化の中で狂死した父の子どもたち」という負担を、いつまでも背負い続けなければならなかった。

② 旧い時代と新しい時代との拮抗

明治という新しい時代の中で、彼らは「家」を背負い続けなければならない。

旧い時代と新しい時代との拮抗。

彼らにとって、その象徴こそが、狂い死にしなければならなかった父(小泉忠寛)だったのだろう。

なんだか、こう、われわれには死んだ阿爺が付きまとっているような気がする……どこへ行っても、何をしても、きっと阿爺が出て来るような気がする……」(島崎藤村「家」)

「死んだ阿爺」は、つまり「旧い時代」そのものの象徴だったわけだ。

③ 旧い家を背負い続けた近代ニッポン

働いても働いても、稼いだ金は身内のために消費されていく。

彼らは「家」から逃れることのできない「囚われの身」だった。

「橋本の姉さんがああしているのと、あなたがこの旅舎(やどや)にいるのと、わたしがまた、あの二階で考え込んでいるのと──それが、座敷牢の内にもがいていた小泉忠寛と、どう違いますかサ……われわれはどこへ行っても、みんな旧い家を背負って歩いているんじゃありませんか」(島崎藤村「家」)

欧米化という華やかな装飾に包まれた日本の近代化は、その内面において「旧い家」を背負い続けていた。

二つの時代の葛藤の中で、小泉三吉(作者自身)は、その源流を父(小泉忠寛)に見ていた。

やがて、島崎藤村は「小泉忠寛」にフォーカスした大作を書き上げることになる。

その作品こそ、島崎藤村の代表作となる長編『夜明け前』だった。

本作『家』は、やがて現れる『夜明け前』の源流でもあったのである。

考察3|現代社会へ続く家族の物語

本作『家』は、二つの家族の没落を描きながら、明治という新しい時代を浮き彫りにする作品だった。

ある意味でそれは、現代社会を予言する物語だったかもしれない。

① 家族という呪縛

家族の絆は、裏を返すと「家族の呪縛」ということでもある。

幸福な「家」の裏側には、そこから逃れることのできない人々の大きな負担があった。

「僕に言わせると、ここの家のやり方はちょうどあの文晁だ……みんな虚偽(うそ)だ……虚偽(うそ)の生活(くらし)だ……」(島崎藤村「家」)

若い橋本正太は「旧い家」を受け入れることができずに、新しい事業の世界へと飛びこんでいく。

それでも、彼は「旧い家」から逃れることはできなかった。

まるで強い粘着力を持つ蜘蛛の巣のように、「橋本家」というネットワークが彼を縛りつけていたからだ。

② 現代に伝えられた「旧い家」の片鱗

小説家へ転身して生活費を工面する主人公(小泉三吉)も、また、家族(兄弟)のために生きる人だった。

それをながめていると、仕事、仕事と言って、彼がアクセクしていることは、ただ身内の者のために苦労しているに過ぎないかとも思わせた。(島崎藤村「家」)

「老老介護」や「ヤングケアラー」といった現代社会の課題で可視化されたように、「旧い家」はその片鱗を現代に伝え続けている。

それは、ネットワークとしての「家」が消失した後に残された、旧い時代の断片だったかもしれない。

相互扶助としての機能を失った現代の「家」は、ごく小さな集団の中で「家」を維持し続けなければならなかった。

主人公(小泉三吉)の苦しみは、現代を生きる我々の苦しみでもあったのだ。

③ 明治から令和まで続くテーマ

かつて「新しい家」を夢見た主人公(小泉三吉)は、やがて「旧い家」という現実を受け入れる。

「いったい、われわれがこうして──ほとんど一生かかって──身内のものを助けているのは、それがはたしていい事か悪い事か、わたしにはわからなくなって来ました」(島崎藤村「家」)

個人のために生きるのか、家族のために生きるのか、社会のために生きるのか。

それは、決して明治時代の人たちだけが抱いた葛藤ではない。

むしろ、人間関係の希薄になった現代にこそ、「家」というテーマは、難しい問題を投げかけているのではないだろうか。

「毒親」とか「親ガチャ」などという言葉が流行するたびに、我々は「家」という存在と向き合わなければならない。

それは、明治という時代から現代まで続く、永遠の課題だったのかもしれない。

考察4|主人公(小泉三吉)の苦悩

本作『家』は、家族制度の在り方を浮き彫りにする一方で、明治という新しい時代を生きる男たちの苦悩をも描いている。

その代表こそ、本作の主人公(小泉三吉)だった。

① 夫婦という「家」の頼りなさ

新しい「家」を夢見て信州での新婚生活を始めた彼は、やがて、夫婦生活という現実に追いこまれていく。

結婚前の妻(お雪)に愛人がいたという事実も、実は「旧い時代」の人間である彼を傷つけるに十分な理由だった。

何度も離婚を考えて、それでも彼らは夫婦生活を続けていく。

「どうせ一生だ」と彼は思った。夫は夫、妻は妻、夫が妻をどうすることもできないし、妻も夫をどうすることもできない。この考えは、絶望に近いようなものであった。(島崎藤村「家」)

他人同士が結婚によって結ばれる「家」という仕組みの頼りなさを、三吉・お冬の夫婦は物語っていた。

② 姪っ子に対する男の性欲

さらに、主人公(小泉三吉)は、「家」という絆を支えるネットワークの中に、自分の性欲を見つけて混乱する。

妻の旅行中、彼は手伝いに来ていた姪(お俊)に、激しい性欲を感じてしまったのだ。

不思議な力は、ふと、姪の手を執らせた。(略)「こんな風にして歩いちゃおかしいだろうか」と彼がじょうだんのように言うと、お俊はどこまでも頼りにするという風で、「叔父さんのことですもの」といつもの調子で答えた。(島崎藤村「家」)

後に島崎藤村は、姪との肉体関係を告白する『新生』を発表して、世の中を騒がせることになるのだが、その予兆が本作『家』にも描かれていた。

③ 個人・家族制度・近代社会──重なり合う葛藤

「旧い家」という仕組みの中で生きる彼も、やはり、一人の男だった。

橋本達雄が愛人と失踪し、息子の橋本正太が妻に隠れて愛人を持ったように、小泉三吉もまた、女性という呪いから逃れることができなかった。

「どうしたと言うんだ――一体、俺はどうしたと言うんだ」と彼は自分で自分に言って見て、前の晩もお俊と一緒に歩いたことを悔いた。容易に三吉が精神(こころ)の動揺は静まらなかった。(島崎藤村「家」)

不倫の誘惑に戸惑う三吉の動揺は、「家族制度」と「近代化」が対立する物語に、一層の深みを与えている。

個人・家族制度・近代社会。

本作『家』が、自然主義文学の完成形と言われているのは、複層に渡る葛藤の網を、単調ではなく丁寧に可視化しているからだった。

読者は、主人公の性的葛藤に共感しながら、「旧い家」制度と近代化社会とが対立する物語世界に引きずりこまれていくのである。

まとめ│『家』が我々に問いかけているもの

本作『家』は、明治時代の小説である。

しかし、そこに描かれている葛藤は、現代を生きる我々が抱いている葛藤でもある。

夫婦の生活に満足できず、不倫の誘惑に脅えながら、静かに人生を耐え忍ぶ主人公・小泉三吉。

彼は、失脚した長兄の家族や、障害のあるため働くことのできない兄を養うために、自分の稼ぎを供出する。

長い物語の最後の一行に「屋外(そと)はまだ暗かった」とあるのは、彼ら一族の将来を占う予言でもあった。

同時に、それは現代社会を生きる我々の不安でもあったかもしれない。

「親ガチャ」「毒親」「老々介護」に「ヤングケアラー」。

家族という問題は、令和という時代にあっても、決して古びたりすることはなかった。

むしろ、人間関係の希薄な現代社会において、家族間が持つ絆の意味は、明治時代以上に重くなっているとさえ言えるのだ。

明治の若者たちが「近代化」という波に飲みこまれていったように、現代の我々は「人口減少社会」にして「超高齢社会」という、かつてない大きな波に飲みこまれようとしている。

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