文壇史という言葉を知っていますか?
文学史ではなく文壇史。
文学史が、文学作品の歴史であるとするなら、文壇史を作品を生み出してきた「作家たちの歴史」です。
文学ブログ『時空標本』では、文学作品と同じくらい、作家の歴史である文壇史の考察に取り組んでいます。
今回は、文壇史を理解するうえでお役立ちの名著50冊をまとめてご紹介したいと思います。
作家の歴史に興味を持つと、小説の読み方も変わってきますよ。
文壇史の基礎知識
文壇史とは?
文壇史とは、小説家や編集者など、文学作品に関わる人々の人生を「歴史」という視点から整理したものです。
その範囲はとても広くて、作家の出身地や経歴、通ったお店から交流関係まで、文学者に関わるものは、すべてが文学史の守備範囲に入ってきます。
文壇史のメリットとは?
文学の場合、作品を読んで理解することが大きな目的となりますが、多くの文学作品には、作家の個人的な事情が反映されています。
その作品を執筆したとき、作家はどのような状況にあったのか?
そうした背景事情を知っていると、作品に対する読み方も変わってきますよね。
文学史は作品理解を深めるために必要な「超重要情報」なのです。
文学史を調べるためには?
文壇史を調べるための基本は「文壇史」に関する本を読むことです。
多くの文学者が、文壇の歴史を記録しておこうと、文壇史に関する本を執筆しました。
文壇史の本を作るとき、最も基本となるものは、作家本人の残した「自伝」です。
ただし、すべての作家が「自伝」を書いているわけではなく、本人に不都合な事実は、あえて書かれなかったり、故意に嘘を書いたりすることもあります。
そこで、本人の書いた自伝の裏付けを取るため、本人と関わりのあった人たちの「回想録」が役に立ちます。
昔、あんなことがあったな~という話が、本人の自伝と合っているか?
あるいは、他の人が書いた回想録とズレていないか?
わざわざ「回想録」などと言わなくても、ちょっとした「随筆」の中に、作家の交流が書かれていることもあります。
そういういろいろな本を読むことが、つまり、文壇史という歴史を紐解くことに繋がっていくのです。
今回は、文壇史を紐解くためにお役立ちの名著を40冊まとめて紹介していきます。
気になる時代や気になる作家のものを見つけて、文学の世界の裏側を旅してみましょう。
1. 生きている作家たち|交流の記録
文壇ゴシップという歴史
文壇史の基本は、作家同士の交流です。
仲良しだったり、派手な喧嘩したり、時には恋人同士になったり。
そんな文壇ゴシップは「文壇史」という形で本になりました。
今 東光『毒舌文壇史』
谷崎潤一郎を慕い、菊池寛と敵対した。忖度なしの「文壇ジャイアントキリング」。
和田芳恵『ひとつの文壇史』
新潮社『日の出』編集者が綴る大衆作家の思い出。川口松太郎が第1回直木賞を受賞したときのエピソードもあります(菊池寛に相談された)。
今 日出海『私の人物案内』
上戸も下戸も、酒が繋いだ文学仲間たちの青春。小林秀雄、中島健蔵、三好達治、吉井勇、久米正雄、里見弴など、文豪たちが勢揃いです。
編集者が見た「戦後文学」の修羅場
寺田 博『昼間の酒宴』
『文藝』や『海燕』の編集長が見た戦後作家たち。伝説の「修羅場」の舞台裏。
大久保房男『戦前の文士と戦後の文士』
第三の新人世代の『群像』編集長が目撃した作家たちの変遷。庄野潤三『静物』の一挙掲載など、興味深いエピソードがあります。
▶ 大久保房男『戦前の文士と戦後の文士』あらすじと詳細考察はこちら
小林勇『雨の日』
岩波書店編集部から見た、柳瀬正夢や三木清たちへの深い追悼。
【特設】太宰治をめぐる証言録|愛憎と真実の境界線
太宰治ほど、見る者によって姿が異なる作家はいません。
師、友人、そして妻。それぞれの視点から「太宰の素顔」を突き合わせます。
妻・石原美知子が明かす「家庭人としての太宰」
石原美知子『回想の太宰治』
名作『富嶽百景』や『女生徒』の創作舞台裏。妻にしか書けない「生活者・太宰」の執念。
▶ 石原美知子『回想の太宰治』あらすじと詳細考察はこちら
師・井伏鱒二と親友・檀一雄の視点
井伏鱒二『太宰治』
どんなに迷惑をかけられても太宰を見捨てなかった、師匠の苦笑い混じりの追悼記。
檀一雄『小説 太宰治』
女郎屋通いで育まれた若き作家たちの友情。無頼派の熱い日々が蘇ります。
作家の「中の人」を覗く|自叙伝と作家ガイド
作家が綴った人生のドキュメンタリー
佐藤春夫『詩文半世紀』
谷崎潤一郎の妻を譲り受けた「妻譲渡事件」の当事者が語る、あまりに複雑な胸中。
木山捷平『酔いざめ日記』
芥川賞落選の哀愁と困窮生活、そして井伏鱒二に励まされた日々。
横溝正史『探偵小説五十年』
知られざる横溝正史の歴史を本人が回想。昭和の「横溝正史ブーム」はどのようにして生まれたのか?
庄野潤三『文学交友録』
生涯に出会った作家たちを回想。伊藤静雄や島尾敏夫、井伏鱒二、佐藤春夫、小沼丹など、庄野文学でおなじみの名前がオールキャストで登場しています。
執念の作家論
小谷野敦『忘れられたベストセラー作家』
石坂洋次郎や富島健夫に森瑤子。かつて日本中を熱狂させたのに、今は消えた作家たちの謎を追う。
▶ 小谷野敦『忘れられたベストセラー作家』あらすじと詳細考察はこちら
荒川佳洋『富島健夫伝』
ジュニア文学と官能の巨匠。知られざる純文学時代に注目です。
酒井信『松本清張の昭和』
昭和の国民作家・松本清張初めての本格評伝。おすすめの作品と併せて紹介しています。
斎藤禎『文士たちのアメリカ留学』
海を渡った文士たちの、知られざる奮闘と孤独。
▶ 斎藤禎『文士たちのアメリカ留学』あらすじと詳細考察はこちら
ロシア文学翻訳家たちの回想
中村白葉『ここまで生きてきて』
志賀直哉や野尻抱影とご近所だったロシア文学翻訳家による、穏やかな交流記。
▶ 中村白葉『ここまで生きてきて』あらすじと詳細考察はこちら
米川正夫『鈍・根・才』
宮本百合子に恋をしたロシア人作家ピリニャーク。知られざる国際恋愛の行方とは?
横田瑞穂『山桃』
早稲田大学で小沼丹と同僚だったロシア文学者の随筆集。井伏鱒二や庄野潤三も登場。
神西清『散文の運命』
堀辰雄との交流や、太宰治『斜陽』への鋭い批評。文体へのこだわりが光ります。
文学の裏側を暴く|「実在モデル」の光と影
文壇史を紐解く最大の面白さは、名作の裏に隠された「生々しい現実」との答え合わせにあります。
名作の実在モデルによる証言
福田清人『名作モデル物語』
『蒲団』から『三四郎』まで。名作の影に隠れた女性たちの「その後」を追った執念の書。
和田芳恵『おもかげの人々』
田山花袋『蒲団』や谷崎潤一郎『痴人の愛』など、小説のヒロインのモデルとなった実在の女性たちに著者が直接取材した生々しい証言録。
家族が回想した作家の素顔
幸田文『ちぎれ雲』
文豪・幸田露伴の最晩年を娘が綴る。永井荷風の訪問シーンは必読です。
谷崎終平『懐かしき人々』
谷崎潤一郎の弟が綴った兄の思い出。佐藤春夫との「妻譲渡事件」についても、詳しく回想しています。
真尾悦子『阿佐ヶ谷貧乏物語』
井伏鱒二率いる「阿佐ヶ谷会」の戦後を描いた、笑えるほど切ない貧乏生活。
記憶の中の作家たち|回想録で辿る「生活の裏側」
多くの作家にとって「作家たちの交流」は、重要な文学的テーマでもありました。
戦中・戦後を生き抜いた文士の魂
浅見淵『新編・燈火頬杖』
井伏鱒二、外村繁、上林暁、梅崎春生など。昭和の私小説作家たちの、あまりに生々しい素顔と生活。
進藤純孝『文壇私記』
文芸評論家と「第三の新人」との交流。彼らがなぜあれほどまでに書いたのかが分かります。
小田嶽夫『回想の文士たち』
激動期を共にした作家たちの、泥臭くも熱い群像劇。太宰治、木山捷平、中村地平、青柳瑞穂など、阿佐ヶ谷会メンバーがたくさん出てきます。
作家たちの暮らし
結城信一『作家のいろいろ』
庄野潤三のほか、永井荷風や室生犀星、和田芳恵、山室静、吉行淳之介などが登場。
松原一枝『文士の私生活』
島尾敏雄、阿川弘之、中村地平、宇野千代らが登場。
車谷長吉『文士の魂』
庄野潤三も登場。作家の「業」を独自の美学でえぐり出す。
【特設】昭和の文豪・井伏鱒二
多くの作家に愛された井伏鱒二。文学ブログ『時空標本』では、井伏鱒二に関する書籍についても、たくさんの記事を掲載しています。
弟子が綴った井伏鱒二の思い出
小沼丹『清水町先生』
師・井伏鱒二への静かな敬愛が滲む、門下生による回想録。太宰治も登場。
三浦哲郎『師・井伏鱒二の思い出』
井伏鱒二最後の弟子が綴った回想記。
▶ 三浦哲郎『師・井伏鱒二の思い出』あらすじと詳細考察はこちら
井伏鱒二の思い出を仲間たちと共有する
井伏鱒二追悼文集『尊魚堂主人』
多くの作家に愛された「最後の昭和文士」を偲ぶ。泣けます。
▶ 井伏鱒二追悼文集『尊魚堂主人』あらすじと詳細考察はこちら
河盛好蔵『井伏さんの横顔』
計26名の作家が綴った、井伏鱒二のライフスタイル。
川島勝『井伏鱒二─サヨナラダケガ人生』
元『群像』編集長による井伏鱒二の回想録。私生活面でも井伏鱒二との親しい交流が描かれています。
▶ 川島勝『井伏鱒二─サヨナラダケガ人生』あらすじと詳細考察はこちら
阿佐ヶ谷会の思い出
川本三郎・青柳いづみこ『「阿佐ヶ谷会」文学アルバム』
青柳瑞穂の孫が綴った阿佐ヶ谷会の記録。
▶ 川本三郎・青柳いづみこ『「阿佐ヶ谷会」文学アルバム』あらすじと詳細考察はこちら
杉並区立阿佐谷図書館『阿佐ヶ谷文士村』
コアメンバーは、井伏鱒二・青柳瑞穂・外村繫・上林暁の四人。太宰治や火野葦平、伊藤整など、多くの作家が参加した阿佐ヶ谷会の全貌を知るために。
▶ 杉並区立阿佐谷図書館『阿佐ヶ谷文士村』あらすじと詳細考察はこちら
文学の「外側」を歩く|案内図と文学散歩
全集・文体・時代を読み解く
田坂憲二『日本文学全集の時代』
戦後、家庭の棚を彩った「全集」が果たした役割とは。
▶ 田坂憲二『日本文学全集の時代』あらすじと詳細考察はこちら
中村明『作家の文体』
なぜあの作家の文章は心地よいのか? 徹底的なインタビュー。
荒川洋治『昭和の読書』
時代の空気を、本を通じて読み解く独自の読書論。
聖地巡礼:文学の故郷を訪ねて
野田宇太郎『文学の故郷』
「文学散歩」の祖による、作家の原風景を巡る旅。
長谷川敬『旅情の文学碑』
日本中の文学碑を訪ね歩きたい方への、情緒あふれるガイド。
野田宇太郎『日本の旅路』
詩と浪漫に彩られた、感傷的な文学旅行の記録。
日本経済新聞社『名作のある風景』
名作の舞台を美しい写真と共に紹介。
▶ 日本経済新聞社『名作のある風景』あらすじと詳細考察はこちら
文学館で出会う「作家の記録」
神奈川近代文学館『没後15年 庄野潤三展』
家族小説作家の、文学と生活の静かな記録。
▶ 神奈川近代文学館『没後15年 庄野潤三展』詳細記事はこちら
北海道立文学館『氷室冴子の世界展』
少女小説の枠を超えて戦った作家の全貌。
まとめ|文学の裏側にある「人間」のドラマ
文壇史に関わる本を読み解いていくと、小説だけでは読み取れなかった真実が次々と見つかってきます。
体験を物語に変換するのが作家だとしたら、その物語の裏にはどんな「真実」があったのか。
名作を書いた作家も、本当は私たちと同じように悩み、足掻いた一人の人間でした。
お気に入りの小説が見つかったら、ぜひその作者の歩んだ「文壇史」にも関心を持ってみてください。
きっと、あなたの本棚がもっと愛おしいものに変わるはずです。